僕の「平成最後の夏」は儚く終わろうとしています。3回生の山口凌慈です。
この3月まで同姓がチーム内に複数いましたが、4月以降は僕ひとりになりました。が、未だに「山口(凌)」と書かれる場面ことがあります。そんなことはどうでもいいのです。
先日、一学期の成績発表がありました。しっかり単位を全部とれていました。それもどうでもいいのです。当たり前です。
この「どうでもいい」という言葉はネガティブな言葉に聞こえますが、もしかしたらそうでないかもしれません。言葉の捉え方について次のようなことを思い出します。
高校生の時、主任であり英語の先生から『どうせ、できない』と発する生徒は努力をしません。でも、発想を逆転させて、君達は『どうせ、できる』と思って受験勉強をしなさい。と言われていました。
高校生の時、主任であり英語の先生から『どうせ、できない』と発する生徒は努力をしません。でも、発想を逆転させて、君達は『どうせ、できる』と思って受験勉強をしなさい。と言われていました。
『どうせ、できる』やったら、結局やらんやん。と思いませんでしたか?
今、思い返すと、先生が伝えたかったのはおそらく『きっと、できる』なのでしょう。「きっとできるから努力しよう」だったんだと思います。当時は「何か違う」と思いながらも深く考えずに受験勉強をしていました。
要はニュアンスが伝わればいいのです。
要はニュアンスが伝わればいいのです。
このブログを読んでくれた人にも、僕の言いたかったことのニュアンスが伝わればいいなと思ってます。次回はサッカーについての真剣に書こうと思います。
[DF 山口凌慈 (3回生)]
↑もう秋です
