「全国大会に出る」
そう宣言したのは高3の冬。選手権を見て、大学4年間、サッカーに懸けることを決めました。思い返せば高校進学時、旧帝大に行って親孝行すると、地元の進学校へ行き、サッカーからは離れるつもりでいました。そう言いつつ、しっかりサッカー部に入部し、キャプテンまでやっていました。なかなか勝てず、最後まで苦しい思いをしましたが、尼崎稲園高校サッカー部で本当に良かったと今でも思っています。
選手権予選敗退後、サッカーとはお別れをし、大学4年間をサッカー以外に捧げる決意をしました。高校3年間を勉強に捧げてきた自分にとって、何も迷うことのない意思決定でした。しかし、受験勉強に勤しむ高3の年末年始。勉強の息抜きに見ていた選手権。ほんまに息抜きです笑 強く胸を打たれました。中学のチームメイトが出場していた中で、自分と同世代の選手たちが活躍している姿を見て、
「俺、何してんねやろ」
「ここでサッカー諦めてええんかな」
「サッカー人生ラストチャンス。全国に出たい」
そういう思いが強く湧き出て、気付いた時には「国立大学サッカー 強豪」を検索していました笑 「サッカーか、サッカー以外、やっぱりサッカーを選びたい」 そういう思いで高知大学サッカー部に入部しました。18年間で初めて親と喧嘩しました笑
そんな簡単にうまくいくとは思っていませんでしたが、1年の冬にインカレベンチ入り、2年冬にIリーグ全国出場と自分の目指していた場所に一応、たどり着くことができました。
昨年2月には、東京のITベンチャーでインターンを始める決定をし、さらに10月からの半年間は休部して東京でがっつり、サッカー以外に振り切った時間を過ごしました。インターンを始めた頃は高知に戻ったらラストイヤーを楽しくサッカーできたらいいなくらいに思っていました。本当に生半可です。ところがインターンで一生懸命になっていた頃、傍らではサッカー部の活動をSNSで目にすると、なんのために高知に来たのかと自問自答を繰り返すようにもなりました。親の反対を押し切って高知に行き、その最後が中途半端でいいのか、Iリーグ全国に出れただけで満足なのか、最高な仲間たちともう一度戦うべきではないのか。
このブログが読まれている3月18日には東京から高知に戻って、練習に復帰している頃と思います。ラストイヤー、サッカーかサッカー以外か。僕はサッカーを選択します!昨年からの半年間、サッカーにも活きることをたくさん学び、人として2倍も3倍も成長してきました。誰よりも努力をし、サッカーに全てを懸けてみんなと一緒に笑って引退します。
全国で躍動する姿を親やかつての仲間、恩師に見せて、勇気を与えます。もこみち劇場の始まり始まり〜〜。
DF 河村彰哉 (新4回生)
