誰よりも地元を愛する男、秋山大輔です。前回のブログを書いた時「に自分を一言で表すと」という質問でこのようなことを書きましたが、どうやら反響が大きかったらしく、とても嬉しかったです。

自分は地元の北海道が大大大好きなのですが、これは他の道民にも通ずる事らしいのです。株式会社ブランド総合研究所が行った「都道府県SDGs調査2020」では、愛着度が2年連続で1位に北海道が選ばれています(https://news.tiiki.jp/articles/4566)。これからも地元愛を継続していきます。 

今回のブログでは、自分の今シーズンに対する「おもい」について書きたいと思います。 

3/21、3/28と天皇杯高知県予選があり、自分はその2試合でトップチームデビューすることができました。公式戦のユニフォームを着て試合に出るのが7年ぶりで、今回、背番号は7番、最後に着た時も7番と、7という数字には縁があります。試合に出るとなった時は素直に嬉しかったのと同時に、何もできなかった高校時代、公式戦のユニを着れるチャンスがあったのにも関わらず、それが叶わなかった大学での3年間を思い出しました。 

高校では、周りの能力の高さや努力の量と質に圧倒され、毎年入ってくる新入部員も上手い奴が多くてびびってました。試合に出るチャンスを貰っても結果を出せず、カテゴリーも落ち、試合に出れなくなるという流れでした。怪我も多く、自分でチャンスを潰していた感じがします。唯一の思い出は、札幌市内の新人戦の決勝で同点弾をアシストした後、決勝点を決め、最後にJ:COMの方からインタビューを受けたことくらいです。その後、「国立大学に現役で入ってそこでまたサッカーがしたい」と高2の11月でサッカー部を辞め、残りを勉強と遊びに費やすなど、高校生活では挫折が大半を占めてました。高校時代をざっくり振り返りましたが、自分に対する甘さしかなかったような気がします。 それでも高知大学に合格して、サッカーができるチャンスを掴みましたが、また挫折がありました。大学2年の夏、四国インカレ3日前に左膝を負傷し、その結果、左膝外側半月板損傷で手術、復帰まで7ヶ月もかかるという自分にとって一番大きな怪我でした。この時はもう、「もうサッカーできなくなるんじゃないか」とか「復帰しても再発するのではないか」というような不安しかありませんでした。 

その後、リハビリは順調に進み、大学3年になる直前で復帰できましたが、新型コロナウイルスの影響で思うようにサッカーができない状況になりました。これはもう挫折というよりも、自分一人ではどうにもできないものなので仕方ないことですが、サッカーのできない日々は辛かったです。その中でも部活が再開され、四国のIリーグでは優勝して全国への出場権を獲得しましたが、感染症の再拡大で全国を辞退することになりました。このような状況下だったので仕方のないことですが、自分だけでなく全員が悔しい気持ちだったと思います。 

このようなこれまでのことを踏まえて今回試合に出れたことは、自分にとってとても大きなことでした。ただ、ここで満足してはいません。この2試合でチームの勝利に貢献できたとは思いません。自分のできることを100%でやりきること、これが大切だと思います。あとは前線の選手に求められるのは結果なので、そこもこだわってやっていきたいです。また、周囲の期待やサポート、悔しさといった様々な思いもあります。試合のメンバーに入れる選手、その上で、試合に出れる選手は限られています。ということは、試合に出ることのできない選手の方が圧倒的に多いのです。メンバーに入れなかった選手たちも試合では自分等の悔しさを押し殺して応援してくれています。そのような思いを背負ってプレーしていることを忘れてはいけません。

他にも、いつも遠くから応援してくれている家族はもちろん、自分たちを指導してくださっているスタッフの方々、学生コーチ、いつもそばにいてくれているマネージャー、スポンサーの方々、OBの方々、地域の方々と、数え上げればきりのないくらいの人の思いもあります。
部員全員がチームを代表しているという自覚を持たないといけませんが、トップチームという立場はチームの顔であり、その分色々な人が結果を気にして下さっています。『共闘』というスローガンに『4冠』という目標を掲げた今シーズン、周囲の支えを力に、重圧にも打ち勝っていくことで成長していけるように頑張ります。

[MF 秋山大輔 (4回生)]

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↑ 高校のサッカー部の同期です。