サッカーにおいて、FWというポジションは常に光と影を背負っている。点を取れば一瞬でチームのヒーローになれるが、取れなければ「戦犯」と呼ばれてしまうこともある。ピッチに立ったその瞬間から、FWは結果を求められる宿命を背負っているのだ。これはFWとして避けて通れない現実であり、喜びと苦しみが紙一重で隣り合わせにある。

私自身、その厳しさを身をもって体験したことがある。高松大学との試合では、決定的な場面でボールが自分の前に転がってきた。時間が一瞬止まったかのように感じたが、迷わず振り抜いたシュートはゴールネットを揺らした。スタンドから湧き上がる歓声、仲間に駆け寄られ抱きしめられる瞬間、そして自分自身の胸に込み上げてくる達成感。あの時、確かに自分はチームを勝利に導いたヒーローだった。FWとして生きる意味を全身で味わった瞬間だった。しかし一方で、サッカーは常に甘くはない。新人戦の四国学院大学との試合では、同じように何度か決定機が訪れた。だが、その日はいくら走ってもボールが思うように足につかず、シュートがネットを揺らすことはなかった。最後まで結果を残せないまま試合終了のホイッスルを聞いた時、胸の奥に重くのしかかるものを感じた。ベンチに戻った瞬間、仲間や監督に「自分が戦犯だ」と責められているような錯覚に陥り、悔しさと情けなさで言葉が出なかった。あの90分間は、FWというポジションの残酷さを突きつけられる時間だった。

それでも、この「天国と地獄」を味わえるのがFWというポジションの面白さであり、魅力でもある。点を取れば一気に脚光を浴びるが、取れなければ影の存在として叩かれる。その二面性の中で戦うことこそが、FWの真の宿命なのだ。だからこそ、決められなかった悔しさをただの後悔で終わらせるのではなく、次の試合へのエネルギーに変えることが大切になる。走り続け、ボールを呼び込み、ゴールを信じて挑み続けるしかない。

FWの宿命は重い。しかし、その宿命を背負う覚悟がある者だけが、ゴールを決めた瞬間の歓喜を味わえる。ネットが揺れた時に広がるあの景色、仲間と喜びを分かち合う一瞬は、どんな苦しみも吹き飛ばすほどの価値がある。光と影を背負いながら、それでも前を向いて走り続ける。それがFWというポジションの生き方であり、サッカーの本当の醍醐味なのだ。

[FW 北村晃大 (2回生)]

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↑ムラと誓った『得点王』