今回はサッカーの話ではなく、ある言葉について書きます。

「頑張れ」

これほど、便利な言葉はありません。試合の前にもミスをして下を向いている選手にも使えます。相手が誰でも、状況がどうでも、とりあえず言えば励ましになります。でも、その言葉で本当に救われた経験は思ったほど多くない気がします。なぜでしょうか。

人が「頑張れ」と言うのは、どんなときか考えてみました。答えは、それ以上何もしてあげられないときです。代わりにピッチに立つことも、代わりに90分走ることもできない。手を貸せるなら、人は「頑張れ」ではなく、手を貸します。つまり「頑張れ」は、何もできない人の言葉なのです。そう考えると、この言葉が時々軽く聞こえる理由が分かります。頑張るのは言われた側で、言った側は何も背負わない。言った瞬間に言った人の役目は終わってしまう。だから「頑張れ」は、ときに無責任な言葉に聞こえるのだと思います。

では、「頑張れ」は優しくない言葉なのか。私はそうは思いません。この言葉が優しいかどうかは、言った瞬間ではなく、言ったあとに決まるのではないでしょうか。「頑張れ」と言ったきり目を離すなら、それはただの言葉です。しかし、何もできないと分かったうえで最後まで見届けるなら、それは約束になります。

何もできない。だからせめて、目を離さない。

本当の「頑張れ」には、その覚悟が含まれているのだと思います。「頑張れ」は相手に向けた言葉であると同時に、言った自分に向けた約束でもあります。 

そう思うと、この言葉を少しだけ大事に使いたくなります。

[FW 本久鴻雅 (3回生)]


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