4回生の土口です。最後のブログということで、これまでのサッカー人生で得ることができたこと、そして感謝の意を綴りたいと思います。あと、これまではあまりその気を出さなかったのですが、最後ということなので、普段の趣味に即して少し小説っぽい雰囲気の文章を心がけました。とか言ってますが、ぶっちゃけそんなに代わりばえするものではないです。ごめんなさい。
『17年分の感謝を』
思い返せば、私のこれまでの人生は本当にサッカーを中心にして歩んできたものだった。その年月は17年にもなる。21年のうちの17年をサッカーと共に過ごしてきたのだ。
私はサッカーを始めた幼少期の頃から、ずっとゴールキーパーをしてきた。当時から、私は本当にゴールキーパーというこのポジションが好きだった。友人と公園でサッカーをして遊ぶときも、頑なにゴールキーパーを譲らないほどに大好きだった。大好きであるからこそ、ずっと続けてきたからこそ、このポジションがどれほど過酷なポシジョンであるかはよく分かっている。チームにとって、最後の砦なのだ。その責任感は計り知れない。さらに、その座はたった1つしかない。長かったサッカー人生が終わりを見せ始めたころ、なぜこんなに大変なポジションをずっと好きでいれたのだろう、とふと思った。しかし、考えるまでもなくその答えは至って単純なものだったようだ。
サッカーを始めたきっかけは、父親の影響によるものだった。もとより父親は、私が生まれたころからサッカーをさせようと思っていたようだ。というのも、私の父はサッカーの指導者をしながら当時は社会人チームで選手としてもプレーしており、私は幼い頃からその試合を何度も見に行っていたのだった。そんな影響もあってか、結果的にサッカーに興味を持ち、そのうえ父親と同じゴールキーパーを志した私は、いわばまんまとその思うツボにはまったわけだ。とはいえ、あれほどスーパーセーブを連発するかっこいい姿を何度も見せられれば、ゴールキーパーに憧れるのはもはや必然のことだっただろうと思う。今でもその姿を覚えているくらいだ。だから、私はゴールキーパーを選んだ。そして、その選択は絶対に間違っていなかったと断言できる。
それからの長いサッカー人生において、母親もずっと私をサポートしてくれた。汚れた練習着を洗濯してくれたり、少しでも背が伸びるような料理やコンディションを整える料理を調べて作ってくれたりした。そんな両親には本当に感謝してもしきれない。私がもう一度大学でサッカーをやろうと決めたのは、そう言った形での両親への恩返しでもあった。そうやって自分が頑張る姿を見せるのが一番の親孝行だと思った。大学サッカーで、私自身目立った功績を何も残せなかったのが、少し心残りだ。
そして最後に、仲間の存在だ。あいにく私は非常に怪我の多い選手で、フィールドに立って戦えた試合は少なかったが、その中で特に去年のIリーグ開幕戦の印象が強く残っている。相手がAチームだったがゆえに、当然ながら本当に厳しい試合だった。結果は1対1と大健闘だったが、引き分けで抑えたと言うよりも、勝てなかった悔しさの方が一層強かった。どれだけシュートを防ごうが、コーナーをクリアしようが、そのたった1本を止められなければチームは勝てない。ゴールキーパーというのは本当に難しいポジションだと思った。それでも、チームメイトからの感謝であったり、他のメンバーからの賞賛であったり、応援してくれた人たちの喜びの声を聞いた時は本当に嬉しかったし、自分はこのためにサッカーをやっているんだ、と実感した瞬間だった。
「自分が頑張ることで、周囲の人に喜びを与えられる。そしてその喜びが、やがて自分の喜びに繋がる。」
これが、私が17年サッカーを続けてきて得ることができた、確固とした信念だ。これこそが、私がずっとサッカーを、ゴールキーパーを続けることができた理由だ。これは何事においてもそうだと思うし、今後の人生でもずっと大切にしていきたいと思っている。サッカーをしていなければ、こんな経験は絶対にできなかったと思うし、ここまで多くの人と出会い、繋がりを持つこともできなかっただろうと思う。これは自分がずっとサッカーを続けてきたからこそ手に入れることができた宝物であって、一生の財産であることは間違いない。そして、そのサッカーを続ける意味を私に持たせてくれたのは両親、仲間、指導者というたくさんの人の存在に他ならない。
だからこそ、私はこれまで関わってくれたすべての人に、心からの感謝を捧げたい。
「ありがとう」
という、至ってシンプルで、かつ最も感謝の気持ちを伝えるのに適した、この言葉を。
終
[GK 土口景大(4回生)]
ずっと大切にしています。やっぱりGKはかっこいい!
