私の地元は茨城県の鹿嶋市というところである。

「茨城県ってどこ?」とか「田舎っぺ」とよく言われる。

地元を離れると、茨城県の知名度と認知度の低さに悩まさせる(笑)。

ご存知の方もいると思うが、鹿嶋市は鹿島アントラーズのホームタウンである。

小さい頃からスタジアムに足を運び応援してきた。

選手のなかでもFWのマルキーニョス選手が大好きだった。

鹿島アントラーズは私がサッカーを始めるきっかけになった一つである。

そんな私には3歳下の弟がいる。

小さいころから2人でいつもボールを蹴っていた。

小学校高学年くらいになるとポジションが決まってきて、FWの私がシュートを打ち、GKの弟がシュートを止める、とういうような練習を毎日のようにしていた。(練習中にシュートを打ってもキーパー正面に行ってしまうのはこの頃の影響だろう、、)

私のサッカーを始めたきっかけはこれくらいにして、ここからは両親に対して普段伝えられないようなことを書こうと思う。

大学に入学して早一年が経った。

最近大好きなサッカーに打ち込めるのは両親のおかげだと改めて感じる。

両親は小学校の頃から練習場までかかさず送迎してくれたり、腹を空かせて帰ったら美味しい料理を作ってくれた。

特に、私が中学3年生の時に右膝の前十字靭帯と半月板を損傷したときには、どんなに忙しくても病院に連れて行ってくれた。

両親の存在が無ければ、度重なる怪我や手術を乗り越え、今もこうしてサッカーが続けることは出来なかったと思う。

こんなにも助けてもらってばかりのサッカー人生だからこそ、自らのプレーや元気で頑張っている姿を高知から届けたい。

そのために多くの試合に出場して、少しでも多くゴールを決める。そしていつか両親の前でトップチームの試合に出てゴールを決めたい。

そして、しっかりと「恩返し」したいと思う。

FW 太田雄己 (2回生)

部室でのひと時

ハーレム松園