僕の利き足は左です。しかし、利き手は右であり、箸を持つのも、鉛筆を持つのも、ボールを投げるのも右手です。そもそも利き足も右だったように感じますが、小学校に入る前の頃、兄とボール遊びをしている際、兄が左利きだったため、それを真似て左足でボールを蹴っていたことを覚えています。このきっかけがなく、利き足が左になっていなかったら、正直サッカーは早々に辞めていたと思います。その点、兄には感謝ですね。自粛期間、何度も股抜きしてあげましたが。
ところで、サッカーにおいてレフティーの数は右利きの数よりかなり少ないと思います(世界的に見てもサッカーなど関係なく、単に左利きの人口は10%程度と言われているみたいです)。左利きには特有のボールの「持ち方」があり、「逆をつく」ことにおいてレフティーの方が有利であると教わりました。当時は小学3年生だったと思いますが、自分のボールの持ち方については全く意識したことはなかったです。その後、左利きの選手のプレーを見てイメージし、奪われない置き所で触り続け、逆をつける持ち方を練習し続けました。まだまだと感じる場面が多いですが、ここが僕のプレーの根幹だと思っています。
左利きについて書きましたが、それは左利きでよかったと本気で思っているからです。もし右利きであったならば何の強みもなく、取り柄のない選手だったと思います。そう考えると、左利きというだけで周りと違う特徴を持つことができ、その結果としてサッカーを続けて来れたというのは有難いと思います。サッカーを続けてこれたからこそ、高知大学でサッカー部の皆んなに出会うことができ、最高の景色を見てこれました。
さて、その部活動も残りわずかとなってしまいました。僕にはアイリーグの全国大会が控えているわけですが、ここで、サッカーを「楽しむ」という事をもう一度思い出したいと思います。高知大学でのサッカー生活を振り返ると、僕の中では、2年前、当時4回生だった田中崇人さんがCチームの代表だった年が強く印象に残っています。そのCチームは今の4回生もたくさんいて、毎日楽しい雰囲気でサッカーに取り組んでいました。度が過ぎると代表は喝を入れ、少しピリついた空気が流れていたことも思い出します。人それぞれだと思いますが、あの時の空気感は僕にはとても居心地がよく、毎日楽しかったなと今でも思います。僕にとっては、あの時のチームが一丸となって戦ったアイリーグは何よりも濃い時間でした。決勝トーナメントで負けた時も、誰よりも代表が悔しそうだった事を思い出すと、あの時賭けてた想いは計り知れないものだったと今に感じます。「人が本気になったら伝わるもんや」、そう父親が言っていた事を思い出しますが、残りの期間、楽しみながらもサッカーと本気で向き合いたいと思います。
崇人くんがみせた、ある種、革命的なものが今の高知大学には流れていますし、それをBチームでは清家代表がさらに磨きをかけています。2年前よりも厳しく、楽しいサッカーを貫き、全国大会の舞台で今までの全部を出しきりたいと思います。左足頼むで。
[MF 田中勇祐 (4回生)]

↑2年前のCチーム懐かしのメンバー。
ところで、サッカーにおいてレフティーの数は右利きの数よりかなり少ないと思います(世界的に見てもサッカーなど関係なく、単に左利きの人口は10%程度と言われているみたいです)。左利きには特有のボールの「持ち方」があり、「逆をつく」ことにおいてレフティーの方が有利であると教わりました。当時は小学3年生だったと思いますが、自分のボールの持ち方については全く意識したことはなかったです。その後、左利きの選手のプレーを見てイメージし、奪われない置き所で触り続け、逆をつける持ち方を練習し続けました。まだまだと感じる場面が多いですが、ここが僕のプレーの根幹だと思っています。
左利きについて書きましたが、それは左利きでよかったと本気で思っているからです。もし右利きであったならば何の強みもなく、取り柄のない選手だったと思います。そう考えると、左利きというだけで周りと違う特徴を持つことができ、その結果としてサッカーを続けて来れたというのは有難いと思います。サッカーを続けてこれたからこそ、高知大学でサッカー部の皆んなに出会うことができ、最高の景色を見てこれました。
さて、その部活動も残りわずかとなってしまいました。僕にはアイリーグの全国大会が控えているわけですが、ここで、サッカーを「楽しむ」という事をもう一度思い出したいと思います。高知大学でのサッカー生活を振り返ると、僕の中では、2年前、当時4回生だった田中崇人さんがCチームの代表だった年が強く印象に残っています。そのCチームは今の4回生もたくさんいて、毎日楽しい雰囲気でサッカーに取り組んでいました。度が過ぎると代表は喝を入れ、少しピリついた空気が流れていたことも思い出します。人それぞれだと思いますが、あの時の空気感は僕にはとても居心地がよく、毎日楽しかったなと今でも思います。僕にとっては、あの時のチームが一丸となって戦ったアイリーグは何よりも濃い時間でした。決勝トーナメントで負けた時も、誰よりも代表が悔しそうだった事を思い出すと、あの時賭けてた想いは計り知れないものだったと今に感じます。「人が本気になったら伝わるもんや」、そう父親が言っていた事を思い出しますが、残りの期間、楽しみながらもサッカーと本気で向き合いたいと思います。
崇人くんがみせた、ある種、革命的なものが今の高知大学には流れていますし、それをBチームでは清家代表がさらに磨きをかけています。2年前よりも厳しく、楽しいサッカーを貫き、全国大会の舞台で今までの全部を出しきりたいと思います。左足頼むで。
[MF 田中勇祐 (4回生)]

↑2年前のCチーム懐かしのメンバー。