今年、私はトップチームヘッドコーチとCチーム学生コーチを兼任した。たくさんの反省があり、また多くの後悔をした。そして、ほんのちょっとの嬉しさがあって、怒涛の2020年が終わろうとしている。このブログの執筆を考えた時、たくさんのことが頭の中に浮かんできた。
新型コロナに対する前代未聞の緊急事態宣言を境に、天皇杯、リーグ戦、トーナメント、アイリーグなどがあっという間に過ぎていった。過ぎていったが、そこには書き切れないほどの記憶がある。「申し訳なさ」と「感謝」の2つを残したい。
[優柔不断]
今年の私を表す言葉だと思う。今年だけじゃないな、私の人生である。コトバンクで調べてみると、「ぐずぐずして物事の決断の鈍いこと。また、そのさま」と出てきた。なんともマイナスな言葉である。ただ、この言葉が持つニュアンスのように、私はその鈍さで沢山の失敗をして迷惑をかけてきた。申し訳ない気持ちで一杯である。ただ悪い面だけでもない。物事には裏表があり、日本語は不思議だ。この言葉に使われている漢字のように、優しく柔らかく、そんな指導者に私はなりたい。コロナ騒動で活動自粛するまで、私はこんなナヨナヨしている自分のことが嫌いであった。反対にズバズバと合理的に判断して突き進むことができる田中キャプテンや清家学生コーチは私の憧れだった。いや、今でも憧れている。
今年の初めはそんなところで特に悩んでいた。悩み倒していた。曖昧な物言い、周りの目を気にしてブレブレの自分。稚拙なプランニング。気にすれば気にするほど、毎日行うトレーニングは理想からは程遠いものになってしまった。柔らく優しいコーチになるにはまだまだだった。そんな毎日が続き、前がみえなくなった。明日が来ないでほしいと思った。
そんな胸中で、コロナによる活動自粛となった。サッカーができない寂しさと日々の重圧から逃れられる安堵感で挟まれた。どこかホッとしている自分を情けなく思いながら、寂しい日々が続いた。自粛になっても前向きに活動するみんなが眩しかった。
その時期に、トップチームの全員と一対一で話そうと考え、わざわざzoomで話をした。めんどくさいと感じる選手もいるだろうと思ったが、長い選手だと1時間以上、話をしてくれたと思う。みんなの色々な顔がみれた。頑張ろう。自分が頑張らないで誰が頑張れるのか。自粛になっても前向きなみんながそう思わせてくれた。不幸中の幸いに嫌いな私を見つめ直す時間がそこにあった。
自粛が明け、トレーニングが再開された。そんな簡単に上手くはいかなかった。沢山の反省が出る。でも、みんなの楽しそうにボールを蹴る姿が活力をくれた。頑張ろう。そう思えた。そう思わせてくれた。
四国大学サッカーリーグ準優勝
四国インディペンデンスリーグ準優勝
私の指導者としての力は、みんなのサッカー人生を賭けて臨む一年を任せてもらうには不足だった。プロ志望の選手、中学高校で全国を経験し、もうひと花咲かせてやろうと野心を燃やす選手、サッカーが好きで高校で諦められなかった選手、みんなのサッカー人生はとても重かった。私がもっと上手くやれば、あいつはプロから脚光を浴びる選手になれたかもしれない。あの時いい練習ができていれば、天皇杯で筑波大学を相手にカシマスタジアムでやれたかもしれない。あの戦術を選んでたら、今頃は全国大会でバタバタしていただろう。後悔は尽きない。私の指導者としての道は始まったばかりである。しかし、みんなのサッカー選手としての道はそう長くない。今年で終わりの同期は沢山いる。その一年を任せてもらった身として本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
ただ、私はこの一年を忘れない。私の心の中にずっと残る経験であり、苦しい時には私を支えてくれる財産になるだろう。正直なことを言うと、もう一度大学4年をやることになったら、色んな意味でこの道は選びたくない(苦笑)。それでもみんなに助けてもらいながら、前に進めたこの一年はどんなものにも変えがたいかけがえのないものである。愛知県にある一介の県立高校サッカー部でベンチを温め続け、それでもサッカーを諦められなかったちっちゃな私が、こんな経験をできたことは本当に特別だと思う。
選手のみんなには本当に感謝しています。また、来年以降の活躍を楽しみにしています。ありがとう。がんばれよ。
宮武監督。1年間ありがとうございます。私の力不足で本当に迷惑をかけました。沢山支えてもらいました。
芳樹。思うことはいっぱいあったと思うけど1年間ありがとう。よしきのおかげで今の私がいます。ありがとう。
かずお、来年も頑張れよ。
マネージャーのみんな、暑い日も寒い日も選手のことを第一に考え、支えてくれてありがとう。
なべ、武田、直江陸も主務副務としてサッカー部を支えてくれてありがとう。
最後に右京(cチームキャプテン)へ。こんな時しか伝えられません。でも、君がいなければこんなにいいチームにはならなかった。ありがとう。
他にも沢山のありがとうを伝えたいですが、高知大学体育会サッカー部に携わった全ての人に感謝を込めてこのブログを終えたいと思います。みんなありがとう。
[学生コーチ 竹本登也 4回生]

新型コロナに対する前代未聞の緊急事態宣言を境に、天皇杯、リーグ戦、トーナメント、アイリーグなどがあっという間に過ぎていった。過ぎていったが、そこには書き切れないほどの記憶がある。「申し訳なさ」と「感謝」の2つを残したい。
[優柔不断]
今年の私を表す言葉だと思う。今年だけじゃないな、私の人生である。コトバンクで調べてみると、「ぐずぐずして物事の決断の鈍いこと。また、そのさま」と出てきた。なんともマイナスな言葉である。ただ、この言葉が持つニュアンスのように、私はその鈍さで沢山の失敗をして迷惑をかけてきた。申し訳ない気持ちで一杯である。ただ悪い面だけでもない。物事には裏表があり、日本語は不思議だ。この言葉に使われている漢字のように、優しく柔らかく、そんな指導者に私はなりたい。コロナ騒動で活動自粛するまで、私はこんなナヨナヨしている自分のことが嫌いであった。反対にズバズバと合理的に判断して突き進むことができる田中キャプテンや清家学生コーチは私の憧れだった。いや、今でも憧れている。
今年の初めはそんなところで特に悩んでいた。悩み倒していた。曖昧な物言い、周りの目を気にしてブレブレの自分。稚拙なプランニング。気にすれば気にするほど、毎日行うトレーニングは理想からは程遠いものになってしまった。柔らく優しいコーチになるにはまだまだだった。そんな毎日が続き、前がみえなくなった。明日が来ないでほしいと思った。
そんな胸中で、コロナによる活動自粛となった。サッカーができない寂しさと日々の重圧から逃れられる安堵感で挟まれた。どこかホッとしている自分を情けなく思いながら、寂しい日々が続いた。自粛になっても前向きに活動するみんなが眩しかった。
その時期に、トップチームの全員と一対一で話そうと考え、わざわざzoomで話をした。めんどくさいと感じる選手もいるだろうと思ったが、長い選手だと1時間以上、話をしてくれたと思う。みんなの色々な顔がみれた。頑張ろう。自分が頑張らないで誰が頑張れるのか。自粛になっても前向きなみんながそう思わせてくれた。不幸中の幸いに嫌いな私を見つめ直す時間がそこにあった。
自粛が明け、トレーニングが再開された。そんな簡単に上手くはいかなかった。沢山の反省が出る。でも、みんなの楽しそうにボールを蹴る姿が活力をくれた。頑張ろう。そう思えた。そう思わせてくれた。
四国大学サッカーリーグ準優勝
四国インディペンデンスリーグ準優勝
私の指導者としての力は、みんなのサッカー人生を賭けて臨む一年を任せてもらうには不足だった。プロ志望の選手、中学高校で全国を経験し、もうひと花咲かせてやろうと野心を燃やす選手、サッカーが好きで高校で諦められなかった選手、みんなのサッカー人生はとても重かった。私がもっと上手くやれば、あいつはプロから脚光を浴びる選手になれたかもしれない。あの時いい練習ができていれば、天皇杯で筑波大学を相手にカシマスタジアムでやれたかもしれない。あの戦術を選んでたら、今頃は全国大会でバタバタしていただろう。後悔は尽きない。私の指導者としての道は始まったばかりである。しかし、みんなのサッカー選手としての道はそう長くない。今年で終わりの同期は沢山いる。その一年を任せてもらった身として本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
ただ、私はこの一年を忘れない。私の心の中にずっと残る経験であり、苦しい時には私を支えてくれる財産になるだろう。正直なことを言うと、もう一度大学4年をやることになったら、色んな意味でこの道は選びたくない(苦笑)。それでもみんなに助けてもらいながら、前に進めたこの一年はどんなものにも変えがたいかけがえのないものである。愛知県にある一介の県立高校サッカー部でベンチを温め続け、それでもサッカーを諦められなかったちっちゃな私が、こんな経験をできたことは本当に特別だと思う。
選手のみんなには本当に感謝しています。また、来年以降の活躍を楽しみにしています。ありがとう。がんばれよ。
宮武監督。1年間ありがとうございます。私の力不足で本当に迷惑をかけました。沢山支えてもらいました。
芳樹。思うことはいっぱいあったと思うけど1年間ありがとう。よしきのおかげで今の私がいます。ありがとう。
かずお、来年も頑張れよ。
マネージャーのみんな、暑い日も寒い日も選手のことを第一に考え、支えてくれてありがとう。
なべ、武田、直江陸も主務副務としてサッカー部を支えてくれてありがとう。
最後に右京(cチームキャプテン)へ。こんな時しか伝えられません。でも、君がいなければこんなにいいチームにはならなかった。ありがとう。
他にも沢山のありがとうを伝えたいですが、高知大学体育会サッカー部に携わった全ての人に感謝を込めてこのブログを終えたいと思います。みんなありがとう。
[学生コーチ 竹本登也 4回生]

何故か写真フォルダにあった写真。懐かしいです。