広報部の合田涼馬です。
部員ブログは2巡目に突入しました。多くの方にご覧いただけていることに、広報部としてとても嬉しく思います。ありがとうございます。
今後も新しい企画を考えながら、サッカー部の活動をお届けします。
さて突然ですが、皆さんはサッカーの試合を観る時、どこに注目していますか?
多くの人は当然選手のプレーだと思います。しかし私は審判員を観ています。
それは私が審判員としても活動しているからです。
私の審判活動は、中学1年の時にスタートしました。
きっかけは、所属していたクラブチームの方針で審判講習会に行ったことでした。
当時は、あまり興味ありませんでしたが、折角なら資格を持っておこうと、毎年JFAラーニングを受講して更新はしていました。
高校生になり、高校の県リーグで副審をしている間に、審判に少し興味を持つようになりました。
大学受験が終わり、合格発表後、当部のFacebookを見ていたある日、審判部の記事が流れてきました。
「審判部があるんだ。やってみたい」そう思いました。
4月入学後サッカー部に入部。早速、審判部に興味があることを伝えました。
ほぼ同時期に、 濱松太一、迫田祥仁、田中宣仁の同期3人も審判部に入り活動がスタートしました。
新歓では「3級審判員になれるように頑張ります」と挨拶したことを覚えています。
3ヶ月後、3級昇級審査を受験し合格しました。
その後は、クローバーリーグや高校の県リーグで主審などを務めました。
審判を重ねる毎に、審判部の先輩のように2級審判員になりたいと考えるようになり、2回生のうちに取得を目標にしました。
しかし、 昨年12月17日に事は起きました。
「外傷性腹腔内出血、膵臓損傷」
練習中に大怪我を負いました。
怪我のあと、痛いながら家にいたところ、翌日審判の依頼を受けていた中学校の先生が心配してくださり、病院に連れて行ってくださりました。
もし、その恩恵がなく、その日痛みに耐えて寝ていたら、今、私はいないかもしれない状態でした。
先生には本当に感謝しています。
先生には本当に感謝しています。
怪我後は10日ほど入院し、年末には退院するも年明けに再度入院そして検査が続きました。
今年3月にようやく運動ができるまでに回復できました。しかし、怪我が完治していなかったこと、そしてフィジカルコンタクトへの恐怖心が残っていたことから数週間はプレーすることができませんでした。
ちょうどその頃、5月に2級昇級審査があることを知り、審判活動に励むこと3ヶ月。
高知県サッカー協会から推薦していただくことができ、 5月20・21日に土佐西南大規模公園で2級昇級審査を同期の濱松太一と受験することになりました。
昇級審査は実技(主審・副審)と筆記試験があり、終了後、お互いに声を掛け合いました。
「手応えある?」
「微妙」
とりあえず、2人でしゃぶしゃぶ食べ放題に行き、食べまくりました。やけ食いです。「2級上がりたいな……」とお互い、何度もつぶやきながら帰路につきました。
審査から1週間が経った日、協会の審判委員長直々に電話をいただきました。
「おめでとう、合格です」
濱松太一と共に2級昇級が決まりました。
昇級していただけましたが、私はまだ未熟者です。
これからも一つ一つの試合を成長するチャンスと捉え、取り組みます。
そして大学卒業後、少しでも高いレベルで活躍したいと思っています。よろしくお願いします。
これからも一つ一つの試合を成長するチャンスと捉え、取り組みます。
そして大学卒業後、少しでも高いレベルで活躍したいと思っています。よろしくお願いします。
先日、あの怪我の日に助けていただいた先生から総体での審判依頼をいただきました。
2日間計3試合の審判。最終日には3位決定戦で主審を務めました。
あの日、翌日に審判依頼があったからこそ、先生に助けていただけた命でした。
審判で恩を返すことが、今、私にできることだと思います。 これからも審判活動を頑張っていきます。
DF 合田涼馬 (2回生/広報部&審判部)
P.S. 先日、高知県成年国体代表の大阪遠征に審判として同行させていただき、勉強になりました。関係者の皆様ありがとうございました。
↑昨年のクリスマス・イブ の思い出
↑ワッペンたち