今回のテーマは、私が生まれ持つ食物アレルギーについてです。このテーマを選んだ理由は、自分を紹介する上で欠かせないアイデンティティの1つであり、コンプレックスでもあるからです。入部して約9か月が経ちますが、あまり話す機会がなかったので、この場をお借りして少し話させていただきます。気軽に読んでいただけたら幸いです。

⏩食物アレルギーとは?
皆さんは「食物アレルギー」という言葉を聞いたことがありますか?食物アレルギーとは、「本来は体に害を与えない食べ物を異物と勘違いし、免疫反応が過敏に働いてしまう現象」です。その結果、蕁麻疹やかゆみ、咳などが引き起こされます。時に、アナフィラキシー(発症後、極めて短い時間のうちに全身性にアレルギー症状が出る反応のこと)、血圧の低下や意識障害などを引き起こし、場合によっては生命を脅かす危険な状態になることもあります。この生命に危険な状態をアナフィラキシーショックといいます。

治療前の私のアレルゲン(アレルギーの原因物質)は、主に卵、小麦、魚全般でした。魚は喉がかゆくなる、喘息の発作が出る程度でしたが、小麦や卵は、全身に蕁麻疹が出る、息が苦しくなるなどの、薬を飲まないとアナフェラキシーショックに陥るほどの症状が出ます。私の場合、食物アレルギーの症状が出たら、飲み薬を飲んで30分経っても改善されない場合は、常に持ち歩いている注射を打ちます。

⏩入院治療
私は、この食物アレルギーを治すために、小学校5年生の時に入院治療をしました。治療方法は、免疫療法というもので、アレルゲンとなる小麦や卵を少しずつ増量して食べていくというものでした。治療期間は約3か月ほどでしたが、最終的には小麦が食べられるようになり、卵も加熱を十分にしていれば食べられるようになりました。とはいえ、体調がすぐれなかったり、ストレスが溜まったりし、また、毎日飲む薬を飲み忘れると症状が出ることもあります。さらに、治療後も定期的に小麦や卵を食べなければ、もとの食べられない状態に戻ってしまうという面倒くささもあります。

⏩良かったこと
食物アレルギーをもっていて良かったことも2つあります。1つ目は、食事のありがたみを誰よりも感じられることです。私は、小麦や卵が食べられなかったのでケーキ、ラーメン、パンなど、今の自分が大好きな食べ物が食べられない状態でした。「世に出回っている主要なおいしい食べ物が食べられなかった」といっても過言ではありませんでした。今、私が食べることが大好きなのも、食物アレルギーのおかげかもしれません。もう1つの良かったことは、サッカーに出会えたことです。私がサッカーを始めたのは、アレルギーや喘息がひどかったからです。両親が体を強くするためにと、サッカーをさせてくれました。サッカーをとったら何も残らないくらい、サッカー中心の学生生活を送れたのもアレルギー含め、病弱だった過去の自分のおかげかもしれません。

⏩最後に
食物アレルギーで一番苦しかったのは、私ではなく両親だと思います。両親は私に合わせた小麦や卵が入っていない料理を毎日一緒に食べてくれました。そして、小学校では給食で食べられないものが多かったので、弁当をほぼ毎日持たせてくれました。数えられないほどのたくさんの迷惑をかけましたが、食物アレルギーに対する理解が現在ほど得られていない時から普通の何倍もの労力をかけて育ててくれた両親に、心から感謝しています。

[MF 原田遥平(3回生)]

IMG_5001
↑ いざと言うときはこれを太ももに打ちます。