とうとうこのブログを書く時がきてしまいました。最後のブログではどんなことを書くんだろう。いつも卒業した先輩方のブログを見ていて、自分は人とはちょっと違ったことを書きたいなとも思っていました。しかし、いざ書こうと思うと、結局最後は今浮かぶサッカーについての感情を書こうという気になったので、そうすることにします。

2022年10月15日、あの日は雲ひとつない晴天で、絶好のサッカー日和だった。残りのサッカー人生を左右する一大決戦。絶対に負けられない戦いが始まろうとしていた。怪我で試合には出られないが、絶対に勝って次に繋げてくれる。そう信じてピッチの外から見守っていた。

ホイッスルの笛が鳴り試合が始まった。前半に最大の決定機を作るが決めきれない。だが問題は無い。流れは完全に高知大。今日の試合は勝てる。誰もがそう感じていた。
ところが後半、相手のセットプレー。1点、さらに2点と、あっという間にまさかの2失点。その瞬間負けるかもしれない。脳裏をよぎった。試合時間残り10分。押し込む展開の中で何とか1点取り返す。まだいける。まだ巻き返せる。そう感じた。そして信じ続けた、、、。しかし、無情にも試合終了のホイッスルの笛と共に目の前に浮かんだ光景は「引退」の二文字だった。これは1週間後の試合で最後。すなわち引退の日が確定した瞬間だった。現実は甘くなかった。なんの感情もないまま、ただピッチを見つめていた。そうすることしかできなかった。もうサッカーは終わり。現実を受け入れがたかった。

3日後、練習に復帰しようと試みた。サッカーができる時間が一瞬にして限られてしまったからだ。ところが焦る気持ちと身体は一致するはずもなく、練習を断念。それから1週間、みんなの楽しそうにサッカーをしている姿を眺めていた。迎えた大学最後の試合は、6-0と快勝で終えた。試合終了の瞬間、この前の試合でそれくらい点を取ってくれよと思いつつも、その他に何の感情も抱くことはなかった。これからも普通に練習して、試合して、という日常が続いていくような気がしていた。

1ヶ月程たった今もビーチサッカーがあったせいか未だに実感が湧かない。サッカーの試合を観ると、またサッカーをしたくなる。しかし、この感情は結果がどうであれ、いつになっても抱くことだろう。

今シーズンを振り返っても、大学サッカーの中で一番、個人的にもチーム的にも苦しんだように思う。最後の最後まで思うような結果が出ず、満足できた試合は限られていた。タイトルを何一つ取ることができず、何も成し遂げられなかった。スローガン「できる」も結果だけ見ると「できなかった」に値するかもしれない。それでも決してこの1年は無駄ではなかった。人生うまくいくことより、うまくいかないことの方が多い。こう考えればこれはいい経験。次に繋がればいいだけの話。自分に言い聞かせる。というよりそう思えた。強いて言うならば、やっぱり最後にもう一度全国に出て、勝った景色を見たかった。最後の試合くらい、ピッチに立ちたかった。思うことは当然ある。でも後悔はない。今までのサッカーの中で高校から合わせると計5回、全国のピッチに立ってプレーできた。それだけやって全国で勝てないのだからもう諦めろと言われているようなものだ。それに大きな怪我も今までなかったため、最後に怪我したことを別に悔やんではいない。それ以上にこんなにも恵まれた環境でサッカーができたこと、サッカーを通して数多くの経験ができたことは大きな財産だ。大いに感謝しなければならないが、感謝してもしきれない程だ。

「自分は運が良い。本当に運が良かった。」

この言葉に尽きるサッカー人生でした。
サッカーに出会えて本当に良かった。
ありがとうサッカー。

最後に、今まで約16年間サッカーを続けてこれたのは、いつも支え応援してくれる家族をはじめ、自分に関わってくれた沢山の人のおかげだと感じています。ありがとうございました。これからもまだまだ人生は続くので、一人の人間として応援していただければ幸いです。本当に今までありがとうございました。

[DF 市川陽太 (4回生)]

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