「わからないけど何か違う」
「自分でもどうすればよいのかわからない」
1年ぶりにグラウンドに立ち、サッカー部の練習に本格的に参加し始めた私は困惑を極めた。このチームにおける自分の立場、選手間の関係性、後輩の加入、自分のコンディション、全てが1年前にいた時と異なっており、全く別のチームに加入した気分であった。私は、この全く知らないチームにどう溶け込めばよいのかわからず、ただただ1年間休学し、社会人を経験してきた特殊な経歴を持つ異人、変人学生を装うことしかできなかった。もちろん、本気で全国優勝を狙うこのチームには到底受け入れてもらえず、孤立する結果となった。当然の結果である。
私にとっての1年間の休学とその期間に得た経験、知見、出逢いは人生を大きく好転させた。不本意な休学ではあったが、どんな状況でも前向きに捉えて、ただ直向きに駆け抜けてきた。この1年間働かせていただいた企業がここまで全国的に有名になるとは思ってもいなかったが、そんな特殊な環境を耐え抜き、むしろ楽しんでいた自分がいると思うと、我ながら本当にすごい人間になってきたのだなと感じる時がある。さらに家族の問題と向き合い、少しでも行政のサポートを受けられないかとインターネット、書籍などを漁り、時には市役所に出向き、何度も説明を受けたりしながら、現状を打破するための制度活用を得られるよう奔走してきた。1回生の頃は大学でそのような社会制度、特に福祉における制度の勉強をしていたが、机上だけの学びだけでなく、実際に行動して得ていく知識は正直、大学では得ることのできない素晴らしい知的活動であった。
しかし、いつでもそんな前向きに行動できていたかと言われればそうではない。ふとした時にとてつもない不安に襲われたことは何度もあった。会社でのプレッシャー、全く出口の見えない家族の問題、大学で楽しそうに過ごす同期達のインスタ、…色々なことが時に私をとてつもなくネガティブな思考へと追いやった。それは普段の私なら絶対考えないような行きすぎた考えを持ってしまうほど、私の心を蝕んでいた。だが、乗り越えられた。なぜなら、岡林選手をはじめ多くの同期のサッカー部の仲間が励ましてくれたからだ。特にすごく心を打たれた一件がある。それは新人戦でのユニフォームで、「3」番を私の番号だからと空き番にしてくれたことだ。私はこの待遇に本気で涙した。フィールドは違えど、共に戦えている気がして本当に嬉しかったし、どんなことでも乗り越えられると感じた。それと同時にサッカー部には絶対戻りたい、戻らなくてはいけないと思い、その一心で駆け抜けることができたと言っても過言ではないくらい、私の原動力になった。
ここで気づいたことがある。変わったのはチームだけではないということだ。チーム以上に私自身が大きく変わっていたのだ。
私はこの1年間で他の学生には得られない経験を得た。それは必然として考え方や生き方の変化をもたらし、サッカー部の仲間と理解し合えない部分も生まれてしまった。しかし、これは私の考え方が上をいったなどという話ではない。単純に異なる考え方を持つようになったということだ。私は1年間過ごしたかった学生生活を我慢し、正直、復学することも諦めなくてはいけないかと追い込まれている中、幸運なことにこうして復学できた。爆発的に学びに対する欲望が解き放たれ、他学生との新たな出会いは興奮を覚えた。学生ならではの自由を謳歌し、部活も勉強も遊びも全て楽しみ尽くすことに全力を注いだ。もちろん、生活と学費を払うためのアルバイトも3つを掛け持ちし、睡眠時間を削りながら興じた。だが、本当に自分が一番何をしたいのかわからなくなることもあった。本心で全て一番にしたいことなのかもしれない。何かを得るために何かを捨てなくてはならないのなら、今持っているもので十分幸せなのでやっぱりいらないかな、とも思ってしまう。
人生が思い通りにならないとしても人は思う通りに生きるべきだと思う。
私の人生は正直思った通りにはいっていない。もし休学せずにサッカー部に所属していたら…とか、高知を離れずみんなと過ごし続けていたら…など多くの「もしもの今」は存在するし、それはもしかしたら思った通りの人生だったのかもしれない。けれども多くの経験をして多くの苦しい思い、悲しい思い、辛い思い、楽しい思いをしたきた今現在も悪くはない。だからこそ自分が思う通りにしたいこと、見たいこと、行きたい場所、会いたい人、欲望に正直に学生生活を過ごしていきたい。いいかげん、自分の人生を歩みたいのだ。
実質2回生の私にはあと2年半の学生生活が残っている。サッカー部としての私もそうだが、若人して自由奔放に生きる私にも注目してほしい。多くのことにチャレンジし、見ていて飽きない人生を歩むことを約束する。あなたの人生に何かしらの影響を与えたい。そんな生き方をするのが今の私の夢である。
こんな変人を許容し、仲良くしてくれるサッカー部の同期、先輩、後輩には本当に感謝している。いつもありがとう。
[DF 栃木優太 (3回生)]

↑ビッ○モーター時代の私
「自分でもどうすればよいのかわからない」
1年ぶりにグラウンドに立ち、サッカー部の練習に本格的に参加し始めた私は困惑を極めた。このチームにおける自分の立場、選手間の関係性、後輩の加入、自分のコンディション、全てが1年前にいた時と異なっており、全く別のチームに加入した気分であった。私は、この全く知らないチームにどう溶け込めばよいのかわからず、ただただ1年間休学し、社会人を経験してきた特殊な経歴を持つ異人、変人学生を装うことしかできなかった。もちろん、本気で全国優勝を狙うこのチームには到底受け入れてもらえず、孤立する結果となった。当然の結果である。
私にとっての1年間の休学とその期間に得た経験、知見、出逢いは人生を大きく好転させた。不本意な休学ではあったが、どんな状況でも前向きに捉えて、ただ直向きに駆け抜けてきた。この1年間働かせていただいた企業がここまで全国的に有名になるとは思ってもいなかったが、そんな特殊な環境を耐え抜き、むしろ楽しんでいた自分がいると思うと、我ながら本当にすごい人間になってきたのだなと感じる時がある。さらに家族の問題と向き合い、少しでも行政のサポートを受けられないかとインターネット、書籍などを漁り、時には市役所に出向き、何度も説明を受けたりしながら、現状を打破するための制度活用を得られるよう奔走してきた。1回生の頃は大学でそのような社会制度、特に福祉における制度の勉強をしていたが、机上だけの学びだけでなく、実際に行動して得ていく知識は正直、大学では得ることのできない素晴らしい知的活動であった。
しかし、いつでもそんな前向きに行動できていたかと言われればそうではない。ふとした時にとてつもない不安に襲われたことは何度もあった。会社でのプレッシャー、全く出口の見えない家族の問題、大学で楽しそうに過ごす同期達のインスタ、…色々なことが時に私をとてつもなくネガティブな思考へと追いやった。それは普段の私なら絶対考えないような行きすぎた考えを持ってしまうほど、私の心を蝕んでいた。だが、乗り越えられた。なぜなら、岡林選手をはじめ多くの同期のサッカー部の仲間が励ましてくれたからだ。特にすごく心を打たれた一件がある。それは新人戦でのユニフォームで、「3」番を私の番号だからと空き番にしてくれたことだ。私はこの待遇に本気で涙した。フィールドは違えど、共に戦えている気がして本当に嬉しかったし、どんなことでも乗り越えられると感じた。それと同時にサッカー部には絶対戻りたい、戻らなくてはいけないと思い、その一心で駆け抜けることができたと言っても過言ではないくらい、私の原動力になった。
ここで気づいたことがある。変わったのはチームだけではないということだ。チーム以上に私自身が大きく変わっていたのだ。
私はこの1年間で他の学生には得られない経験を得た。それは必然として考え方や生き方の変化をもたらし、サッカー部の仲間と理解し合えない部分も生まれてしまった。しかし、これは私の考え方が上をいったなどという話ではない。単純に異なる考え方を持つようになったということだ。私は1年間過ごしたかった学生生活を我慢し、正直、復学することも諦めなくてはいけないかと追い込まれている中、幸運なことにこうして復学できた。爆発的に学びに対する欲望が解き放たれ、他学生との新たな出会いは興奮を覚えた。学生ならではの自由を謳歌し、部活も勉強も遊びも全て楽しみ尽くすことに全力を注いだ。もちろん、生活と学費を払うためのアルバイトも3つを掛け持ちし、睡眠時間を削りながら興じた。だが、本当に自分が一番何をしたいのかわからなくなることもあった。本心で全て一番にしたいことなのかもしれない。何かを得るために何かを捨てなくてはならないのなら、今持っているもので十分幸せなのでやっぱりいらないかな、とも思ってしまう。
人生が思い通りにならないとしても人は思う通りに生きるべきだと思う。
私の人生は正直思った通りにはいっていない。もし休学せずにサッカー部に所属していたら…とか、高知を離れずみんなと過ごし続けていたら…など多くの「もしもの今」は存在するし、それはもしかしたら思った通りの人生だったのかもしれない。けれども多くの経験をして多くの苦しい思い、悲しい思い、辛い思い、楽しい思いをしたきた今現在も悪くはない。だからこそ自分が思う通りにしたいこと、見たいこと、行きたい場所、会いたい人、欲望に正直に学生生活を過ごしていきたい。いいかげん、自分の人生を歩みたいのだ。
実質2回生の私にはあと2年半の学生生活が残っている。サッカー部としての私もそうだが、若人して自由奔放に生きる私にも注目してほしい。多くのことにチャレンジし、見ていて飽きない人生を歩むことを約束する。あなたの人生に何かしらの影響を与えたい。そんな生き方をするのが今の私の夢である。
こんな変人を許容し、仲良くしてくれるサッカー部の同期、先輩、後輩には本当に感謝している。いつもありがとう。
[DF 栃木優太 (3回生)]

↑ビッ○モーター時代の私