2月1日より復部しました広沢季陽です。
チームに合流してから2週間が経ち、先日の雨中でのトレーニングでドロドロになった自分を見た時は懐かしいものがありました。
僕が高知大学サッカー部を通して目指しているところは、J1のある1チームです。そのためには天皇杯、総理大臣杯、インカレ、DENSOの4つの全国大会で勝つこと、スカウトの目に留まる活躍をするということが必須になります。僕が復部した理由はここにのみあります。
この際に決意したことは期限を決めて覚悟を持ってやるというところです。年齢も現在22歳、卒業時は24歳。その時に自分の中で納得のいかない進路であるならば、自分はその程度の選手だということになりますし、明確な長期目標があるのでそこに向けて取り組むのみです。
僕には当時2回生だった頃の大事なメモがあります。2021年夏の総理大臣杯で大阪体育大学と試合し、敗戦後、ホテルに向かうバスの中で書いたものです。そこには「人生初の全国大会は楽しかった。ピリピリした状況で自分がどれだけやれるか。今日出れたからといって、今後も同じようにいくかわからない。今日でより一層プロになりたいと思った。必要なのは点を決める中盤、奪い切る守備、攻撃を組み立てる攻撃。この感情を維持して頑張れ、ときや」と書いており、時々目を通して、その都度思い出しています。
当時の景色は忘れることはなく、敗戦後に3回生の同じポジションの先輩と話したことを鮮明に覚えています。彼は「心の底から出たい」という気持ちを抑えながらも、試合後に話をしてくれた時は人に恵まれているなと感じました。常にポジション争いをし、本当に良きライバル関係だったと思います。2回生の広沢季陽にとって、彼の存在は非常に大きかったです。彼のおかげで2回生の広沢季陽が成長したように、今後は僕がそういう人物にならないといけない立場だと思っています。
上記に関して、自身と高知大学サッカー部を絡めた話をすると、僕が持つモチベーションの方向と同じ方向でサッカーに取り組む選手とは120%で高め合いたいと考えてます。逆に、僕が持つ方向と他の選手が持つ方向が違えば、そもそも一緒にサッカーをしたくありません。わざわざ大学でサッカーをする理由は各々あると思いますが、高知大学サッカー部に属する以上、組織として掲げている「奪還」に対して、個人が組織の目標達成のために努めなければならないということだけは部全体としての決まり事です。利己的な行動、組織の雰囲気を乱す選手は必要ありませんし、高知大の「甘さ」にも繋がってくるようであれば、組織の目標達成のために主将の力になりたいと考えています。以上がサッカー部に関しての今後の展望です。
2年の留学経験を経て、僕はやりたいことが見つかりました。まず最優先に先述したJ1選手、そしてもう1つあり、それはプランBとして抱えています。この「やりたいこと」に関して、同い年で2年休学・留学してきた米丸譲と1年休学・社会経験した栃木優太の「サッカー部を辞める」という出来事は僕にとって非常に悲しいものであり、サッカー部にいてほしいというのが本音です。しかし、彼らの、やりたいことをやるという感情に従い、決断をした彼らを尊敬しています。
所属していた部から一度離れ、期間をあけて帰ってくると、そこに馴染むことは思った以上に難しいと実感していますが、僕には「高知大学サッカー部員」という立ち位置からしか得られないものがあり、それが私の目標にも繋がってくると考えているので、頑張ります。
最後に読んでくれた選手に、様々な可能性がある組織に属していることを再認識してほしい、という旨を残し、このブログを締めたいと思います。
[MF 広沢季陽 (3回生)]

チームに合流してから2週間が経ち、先日の雨中でのトレーニングでドロドロになった自分を見た時は懐かしいものがありました。
僕が高知大学サッカー部を通して目指しているところは、J1のある1チームです。そのためには天皇杯、総理大臣杯、インカレ、DENSOの4つの全国大会で勝つこと、スカウトの目に留まる活躍をするということが必須になります。僕が復部した理由はここにのみあります。
この際に決意したことは期限を決めて覚悟を持ってやるというところです。年齢も現在22歳、卒業時は24歳。その時に自分の中で納得のいかない進路であるならば、自分はその程度の選手だということになりますし、明確な長期目標があるのでそこに向けて取り組むのみです。
僕には当時2回生だった頃の大事なメモがあります。2021年夏の総理大臣杯で大阪体育大学と試合し、敗戦後、ホテルに向かうバスの中で書いたものです。そこには「人生初の全国大会は楽しかった。ピリピリした状況で自分がどれだけやれるか。今日出れたからといって、今後も同じようにいくかわからない。今日でより一層プロになりたいと思った。必要なのは点を決める中盤、奪い切る守備、攻撃を組み立てる攻撃。この感情を維持して頑張れ、ときや」と書いており、時々目を通して、その都度思い出しています。
当時の景色は忘れることはなく、敗戦後に3回生の同じポジションの先輩と話したことを鮮明に覚えています。彼は「心の底から出たい」という気持ちを抑えながらも、試合後に話をしてくれた時は人に恵まれているなと感じました。常にポジション争いをし、本当に良きライバル関係だったと思います。2回生の広沢季陽にとって、彼の存在は非常に大きかったです。彼のおかげで2回生の広沢季陽が成長したように、今後は僕がそういう人物にならないといけない立場だと思っています。
上記に関して、自身と高知大学サッカー部を絡めた話をすると、僕が持つモチベーションの方向と同じ方向でサッカーに取り組む選手とは120%で高め合いたいと考えてます。逆に、僕が持つ方向と他の選手が持つ方向が違えば、そもそも一緒にサッカーをしたくありません。わざわざ大学でサッカーをする理由は各々あると思いますが、高知大学サッカー部に属する以上、組織として掲げている「奪還」に対して、個人が組織の目標達成のために努めなければならないということだけは部全体としての決まり事です。利己的な行動、組織の雰囲気を乱す選手は必要ありませんし、高知大の「甘さ」にも繋がってくるようであれば、組織の目標達成のために主将の力になりたいと考えています。以上がサッカー部に関しての今後の展望です。
2年の留学経験を経て、僕はやりたいことが見つかりました。まず最優先に先述したJ1選手、そしてもう1つあり、それはプランBとして抱えています。この「やりたいこと」に関して、同い年で2年休学・留学してきた米丸譲と1年休学・社会経験した栃木優太の「サッカー部を辞める」という出来事は僕にとって非常に悲しいものであり、サッカー部にいてほしいというのが本音です。しかし、彼らの、やりたいことをやるという感情に従い、決断をした彼らを尊敬しています。
所属していた部から一度離れ、期間をあけて帰ってくると、そこに馴染むことは思った以上に難しいと実感していますが、僕には「高知大学サッカー部員」という立ち位置からしか得られないものがあり、それが私の目標にも繋がってくると考えているので、頑張ります。
最後に読んでくれた選手に、様々な可能性がある組織に属していることを再認識してほしい、という旨を残し、このブログを締めたいと思います。
[MF 広沢季陽 (3回生)]

↑ 天皇杯決勝で対決する幼馴染に試合前から圧かけてます。