4年間の大学サッカーを終え、今の自分の想いを語ろうと思う。

去年のSUL最終節、勝利したにもかかわらず、あと一歩のところで全国大会出場を逃し、悔しい結果で終わった。それから最高学年になった自分は、「チームを勝利に導く」ことを目標とし、大学サッカーラストイヤーに挑んだ。みんなはどう思っていたか分からないが、自分がチームのエースでチームを勝たせなければいけない存在だと思い続けてきた。

そう思い続けて挑んだシーズン。結果を見てみると、チームは天皇杯・四国大学サッカートーナメント・四国大学サッカーリーグどれも優勝できず、個人としても、リーグ戦7ゴールのみとチーム内では最多ゴールだが、PKは外す、決定的なシュートも外す、大事な試合で得点できないことが多く、チームを勝利に導くにはほど遠いプレーばかりになった。「自分が決めていれば」と思う試合ばかりで、特に四国大学サッカーリーグ第2節の四国学院大学戦で自分が決定機をたくさん外し、負けてなかったらリーグを制覇できていたんじゃないか、と振り返るたびに考えてしまう。シーズン前はエースとしてチームを勝利に導く姿を想像していたが、シーズンが終わり自分の姿を思い返すと、シュートを外したシーンばかりで本当に情けない。自分が3回生の頃から主力となり、それから2年間一度も高知大学として結果を残せなかったことが本当に悔しい。「自分のせいで負けた」「自分が必要ないんじゃないか」最後の2年間はこう思うことばかりだったし、本当にそうだった。昨シーズン同様、今年も四国制覇を成し遂げらなかったのは、自分が点を決めれなかったからだと思う。ごめんなさい。来年からは頼もしい後輩たちが結果を残してくれると思う。

これまで点を決めなければいけないプレッシャーと点をとれない焦りを日々感じながら、生活してきたが、あまりみんなの前では弱い自分を見せないようにしてきた。みんなの前では偉そうに自信があるように振る舞ってきたが、自分が自信を持てるようにするための強がりだった。プレッシャーを感じてなさそうに見えたかもしれないが、PKがだんだん下手になっていったように、実はとてもプレッシャーに弱いタイプだった。

毎日書いていたサッカーノートを振り返ってみると、公式戦でのPK成功率0%(2本)、試合前の調整でのPK成功率は65%とPKキッカーとして酷すぎる結果。それでもPKを外しても慰めてくれる同期や後輩、お世辞かもしれないが自分をエースだと言ってくれた同期や後輩、3回生の頃から信じて毎試合スタメンで起用してくれたアイトとカンジさん、いろいろな人からの支えや何気ない言葉によって、最後まで自信を持ってやりきることができたと思う。ありがとう!

プレッシャーと焦りを感じながらサッカーをする日々は嫌になることがあるかもしれないが、それは一度もなかった。それ以上にチームのために戦えること、みんなとサッカーすることが本当に楽しかった。心残りがあるとすれば、四国制覇できなかったことともう一つ。まだまだ同期の4回生、後輩たちとサッカーがしたかった。Aの選手はもちろん、B・Cの選手、Bの代表に専念した選手、選手をやめた学生コーチ、大怪我をした選手、サッカー部をやめた選手、みんなともっともっとサッカーがしたかった。同じピッチで一緒に戦いたかった。こう思えてしまうほど最高のチームメイトに恵まれていたと思う。高知大学サッカー部でみんなとサッカーができて本当によかった!

最後に、毎試合会場に足を運び、応援してくれた2人へ。

大学に入って、多くの敗戦やプレッシャーを乗り越えることができたのは、常に優しく寄り添ってくれたり、たまに厳しい言葉をかけてもらったりと、2人が支えてくれたおかげです。伝えたことはなかったかもしれませんが、本当は高校時代の選手権で負けたあの日、2人の涙を見て大学でサッカーをすると決めました。全国大会に出場し、全国大会の舞台で活躍する自分の姿を2人に見せて、恩返しするために、4年間大学サッカーに励みましたが、実現させることができませんでした。ごめんなさい。でも最後にゴールとベストイレブンをとった姿を見せて終わることができたので、許してください(笑)。

長いサッカー人生を支えてくれてありがとう。

[MF 岩市虎太朗 (4回生)]

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