2025年10月20日、締切日当日にブログを書いています。今回こそは、余裕を持ってカフェでコーヒーでも飲みながらゆったり書こうと思ったのですが、またもや締切日当日に執筆しています。予定を把握して、余裕を持った行動を心がけていきたいです。では、ブログを書いていきたいと思います。ちょっと長めに書くのでドリンク片手にゆったりと読んでいただけると嬉しいです。

・まずサッカーに関して
・TikTokについて
・日本の危機について
・最後に

・まずサッカーに関して
2023シーズン Cチーム Iリーグ
全試合スタメン、ほぼフル出場(最後の試合だけハーフタイムで交代)
2024シーズン Cチーム Iリーグ 1ゴール
1、2節スタメンフル出場、3節スタメンハーフタイムで交代、4、5節準決勝は後半からクローザーとして出場
2025シーズン Cチーム Iリーグ
出場時間0分

これを見る限り、出場時間に関しては右肩下がり。しかも同じカテゴリーで。学年が上がるにつれて出場時間が短くなっている。これは衰えなのか何なのか。自分でもよくわからない。とりあえず、過去に遡って考えていきたい。

2023年4月入学、初めは勢いがあって、高知大学でサッカーができることに誇りを持って、プレーしていた。たくさんの試合に絡ませてもらい、先輩には可愛がってもらっていた。この時は今よりもパッションキャラだった気がする。多くの先輩に要求キャラと認知されていた。やすさんにはジャルジャルの後藤さんに似ていることでずっといじられ、「角刈りのくせに要求すんなよ」とよく言われていた。とちくんには熱い言葉で励まされたり、面白いジョークで笑わせてもらったりとすごく面白かった印象がある。赤木くんは常にちょけキャラで、自分が緊張していると心を和ませてくれた。チームが硬いときには、ふとしたところで笑わせてくれて、チームをポジティブな方向に導いてくれていた。あいとくんはサッカーだけに熱いように見えて、実は後輩の面倒見るのがすごくうまくて、そんなCチームが大好きだった。

では、試合はどうかというと、少し違った。今初めて打ち明けるかもしれないが、1年生の頃は試合に出られる嬉しさはあったものの、試合に出るのはすごく嫌だった。出るときはものすごく緊張していて、試合中は緊張しすぎて身体はカチカチに強張っていた。何もないところで転けたり、空振ったり、と2年経った今でも笑い話にならないくらい恥ずかしいことだらけだった。何が嫌かって、自分のミスで負けることに対する「怖さ」がめちゃめちゃ大きかったことである。ビルドアップ?そんなんミスして取られたら失点じゃん、そう思い始めるとほんとにミスだらけで。めちゃくちゃしんどかった。今までビルドアップについて考えてきたことがほとんどなかった。そのため、自分にとってすごく難しかった。小中はピピくんと陽介くんを生み出したほどの鬼のドリブルチーム。高校は全国上位3%に入る進学校であったため、1に勉強、4にサッカーってくらいの優先順位。2、3は何だったのかは知りません笑。戦術は背後に蹴ってクロス。中にセンタリング強い奴もいないのに。それか、ポケットを取りましょうっていう戦術。ポケット取るまでの過程は?これがなさすぎて。背後に蹴るロングボールがコート外に出て相手ボール。とても高校サッカーとは思えなかった。このようなサッカー歴なので、ビルドアップについて考えたことがなかった。そこで、ビルドアップについてわからなくなり、すごく自信を失っていた。自分の長所は声を出せるのと守備頑張れるくらいだった。

なんやかんやで1年が終わり2年が始まった。2年が始まる前の3月くらいに腰を痛め少し休んでいた。そして、4月の途中から復帰した。万全の状態ではなかったが、復帰して初めの方はスタメンで試合に絡んでいた。四国学院戦では先制ゴールを決め、とてつもないものが体の底から込み上がってきた。コート内で喜ばず、すぐさま学生コーチである園くんのところに走って行った。この理由として、2、3ヶ月前であるシーズン前に、毎日のように園くんに「学生コーチやって」と言い、ほぼ無理矢理学生コーチをやらせてしまったからだ。この時期のCチームは結構荒れていて、正直練習が成立していなかった。めっちゃイライラして、どうにかしないとやばいと思い、園くんだったら学生コーチできるだろうと思い、毎日懇願していた。すると、いつの間にかピッチからは退き、ピッチ外から指揮を取っていた。「もうみんな気づいてるかもしれんけど、園岡は最近プレーしてないんよね、学生コーチしようと思う」みたいなことを言っていた気がする。そこでやっと、あ、引き受けてくれてんやって思ったのが記憶にまだ新しい。こんなことがあったから、ゴールを決めた瞬間、園くんに飛びつきに行った。無理やりやらせてごめんなさい。そして、ありがとうございます。

ここまでは良かった。ここから段々と狂い始める。

次の試合の高松戦はハーフタイムで途中交代、1-2負け。めっちゃ負けた気もしなかった。よしきのスーパーゴール。普通にえぐかった。さらに次の試合、初めてのスタメン落ち。なんやかんやスタメンやろっていう甘い気持ちがあった。改善しようとしたが、改善できなかったんかな、だから、ここから途中出場ばかりだった。準決勝、しゅうとのロングスローから先制。え、これ行けるんちゃんって思ったら、誤審PK。結果1-1。予選順位により敗退。2年次は1年の時よりは考えてサッカーをするようになった。正直1年の時はロボットだった。自分の考えはほとんどなかった気がする。言われるがままにプレーしていた。ビーチの全国行けると思ったら、新人戦GK登録のため、ベンチには入れないが、試合には来いとナオトくんから連絡があった。ここから鬼の声出し盛り上げパッションキャラ全開。あの時の新人戦メンバーすみませんうるさくして。けど、自分はあれなかったら負けてたんちゃうかなって思う部分がある。自分が声出すのやめたらセカンドボールめっちゃ取られて失点しそうになったけど、声出し始めたらどんどん拾えるようになって、チャンスが生まれてたような気がしている。今思えば、ようあの声量で90分間叫べたな笑。嬉しいことに全国大会に連れて行ってもらい、すごい刺激を受けた。そして、シーズン終了。

3年次のシーズンスタート。周りが就活を始めていることから、就職できなかったらどうしようという焦りが込み上げてきた。ここからまた狂い始める。サッカーにも私生活にも集中できず、すんごい焦った。この焦りは割とすぐに和らいだが、あまり調子は上がらなかった。時が流れ、7月末の紅白戦。めっちゃ調子が良くて、ビルドアップも守備も良かった。なんならCKから点まで決めてしまった。調子が上がり始めていた。8月後半オフ明け。調子が上がってきて、周りからの評価も自己評価も悪くなかった。と、ここで椎間板変性による痛み再発。1ヶ月ほど休んだ。そして復帰して、悪くはなかったが、良くもなかった。途中からチームに馴染むのは本当に難しかった。もちろん全部試合に出たかったが、無理だった。せめて、1試合は出たいなと思い、最後の2週間身を削ってプレーした。結果、出場時間0分。今年は全くりんくんの力になれず、めっちゃくちゃ可愛がってくれたりゅうきくんを支えることができず、悔しかった。自分が試合に絡めていないことも情けなかった。先輩を引退させると毎回悔しく思うのだが、それがもう今で3回目。もう次はない。だって、次は自分が引退する番だから。何もかもが悔しかった。

3年次は考えてプレーできるようになった。しかし、チームの戦術を実現する力に欠けていた。もっとこうしてほしいと選手に伝えれば良かった。まず背後に抜けて、と。距離合わせしてと。コミュニケーションを取るのが得意なはずなのに、サッカーとなると、なぜか萎縮してしまう。周りの意見を聞くようになったのはいいことだが、発信力が無さすぎた。もっと自分から発信するように心がけていきたい。

腰の痛みがあればサッカーだけでなく、私生活にも影響を及ぼす。だから、一度治療に専念しようかと。とりあえず病院行きます。

・TikTokについて
なんかだいぶ重い話してしまったのでここからはちょっと元気出して明るく書いていきます。今聴いている音楽もちょっと明るめに変えます。

昨年の夏のblogに「刺激足りないので、なんかしようと思います」って書いたのですが、これのことです。そう、TikTok。自分はただの大学生で、俺なんもないなと思い、なんとなく始めたTikTok。初めは顔出しせずに編集スキルだけでなんかしようと考えていた。しかし、被写体がないと画にならないと思い、ちょっとずつ出演するようになった。1本目に撮ったvlogがいきなりバズり、ほとんど顔も出していないのに青木景虎にバレてしまった。そして、学年ラインに流され、あっという間に広まった。まあ別にいいねんけど笑。

投稿頻度はものすごく遅く、なかなかに伸び悩んでいたが、最近ちょっと伸びてきて、フォロワー1000人超えました👏今までに単位取りまくって、後期の授業少ないので、TikTokも頑張ります。よっちんイジリしてくる割にはフォローしてくれない先輩方、そろそろフォローお待ちしております😆
投稿頻度を上げる。まずはこれだけを意識して頑張っていきます。多少質が低くてもいいから、頻度にこだわっていきます。これからも皆さん応援よろしくお願いいたします。

・日本の危機について
此間、帰省しておじいちゃんおばあちゃんに会ってきた。もうだいぶ衰えてきたかなと思ったら意外と元気で良かった。しかし、おばあちゃんは退院して間もない頃だった。すると、おばあちゃんの口から出た言葉がこれ。「入院費用が6万円やってん、今までやったら3万円で良かったのに」ん?何を言っているんだろう、疑問に思った。するとその後に、「今は高齢者の医療費負担が1割から2割に増えてん」と。え、そーーーーなん。びっくりでしかない。中・高で習ったのは、高齢者負担は1割で僕らは3割。あの社会の授業で習った変わらぬであろう知識が変わっていたのだ。本当にびっくりした。年金で苦しんでいる人もたくさんいる中で、そんな高齢者からお金を取らざるを得なくなっているこの日本。この国の状況は極めて悪いのだと身にしみて感じた。以前から米やガソリンを代表とする物価高騰や円安などから日本は徐々に衰退しているなと感じていた。しかし、医療費負担のことを聞いて、日本の社会福祉が終わってきているなと。こんな国にいて良いのだろうか。不安でしかない。日本には素晴らしい食や文化、歴史などがある。本当に誇らしい国である。一方で、最近の政治は終わってきている。しかし、僕は何者でもない。政治が終わっていると言う権利すらない。そんな自分に無力さを感じた。もっと知識やスキルを身につけなければいけないなと。何を頑張ればいいか明確ではないが、社会の中で希少価値の高い人間になりたい。レアな存在に。そのためにこれから実行していくことをここに記す。英語力向上、TikTok継続(動画編集スキル、継続力を身につける)、早起き、ジムをサボらない、外見も中身も磨き続ける、何かしら知識をつける。これらはやろうと思っているが実際できていないこと。これからは意識高くやっていきたい。文章を書くのが得意なので、vlogじゃなくてblogにも参入しようと考えている。文章書くのだけは得意で、小学生の頃にベネッセで入賞したり、高校の時は小論文模試で偏差値7、 80くらい。小論文だけはどの大学を書いても大抵はA判定だった。マジでblog参入考えよ。

・最後に
僕はサッカーが下手で、正直、苦手だ。しかし、めっちゃくちゃ好きである。大学卒業したら、一旦やめようかなと考えていたが、地元の社会人クラブが頑張っているのを見て、社会人で続けるのもありだなって。野洲高校が選手権優勝した時のメンバーである元プロサッカー選手村田和哉さんが発起人となって作られたサッカーチーム、ヴィアヴェンテン滋賀が今年の全国クラブチームサッカー選手権大会で準優勝したのだ。また、滋賀のJFLチームレイラック滋賀が現在首位で、J3に昇格しようとしている。地元を離れている間に地元がサッカーで盛り上がっている。これを見て勇気をもらった。そして、大学卒業後もサッカーを続けようと思った大きなきっかけにもなった。結婚し、パパになって、妻とおチビが自分の試合を観にくる。そして、汗だくのユニフォームで子どもと妻に汗をつけながら写真を撮る。「もぉ〜汗ついたやんか〜」「パパビチョビチョやん」こんなことを想像すると、やっぱりサッカーは辞められない。自分はサッカーが好きなんだって気づいた。

このような自分の将来像を実現するために、僕は大学サッカーで1選手として、意識高く向上心を持って活動に取り組みます。皆さん一緒に頑張りましょう。

[DF 長谷川善大 (3回生)]

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↑継続します🔥