お久しぶりです。昨年、「ノンデリ」という異名で一世を風靡した、ゆきりくこと行村莉空です。なお、「一世を風靡した」という部分については、現在も部内で事実確認を進めています。
さて、皆さんは昨年12月に投稿された私のブログをご覧になりましたか。
おそらく、ほとんどの方が見ていないと思います。私も正直なところ、内容をあまり覚えていません。
ただ、最後の部分に確かに、
[FW & DF 行村莉空(1回生)]
と書かれていました。
FWとDF。攻撃も守備もこなす、非常にユーティリティー性の高い選手だったことがうかがえます。正確には、どちらのポジションでも活躍していたというより、どちらかのポジションで人数が足りないときに出場できる可能性を残していた、という表現が正しいのかもしれません。
しかし、現在はというと、
[副務 & MG 行村莉空(2回生)]
となりました。
名前以外、変わりました。
ポジションも、役割も、服装も変わりました。昨年まで履いていたスパイクたちは、部室ロッカーの奥で静かに余生を過ごしていることでしょう。
私は幼稚園の年長からサッカーを始め、大学でも選手として入部しました。
長年、選手としてサッカーを続けてきたため、まさか大学2年生でマネージャーになるなんて、夢にも思いませんでした。
ボールを必死に追いかけていた中学生の頃の私に、「将来は、高知大学体育会サッカー部で副務をしていて、パソコンをカチカチしているよ」と伝えても、何を言っているのか一切理解してもらえないと思います。
まず、なんで高知におるんや。そもそも「副務」って何やねん。
おそらく、こんな反応でしょう。
現在は副務として、SUL等のグラウンド設営、選手エントリー、各方面への連絡など、チームの活動を支える仕事を担っています。一見すると、非常にしっかり仕事をしているように見えます。
実際には、公式記録の不備を世羅君に指摘してもらい、それを直す。そして、また別の不備を指摘してもらい、再び直す。そんなことを繰り返しています。世羅君がいなくなったら、私の副務人生も終わる可能性があります。いつも本当にありがとうございます。もう一年、契約延長でお願いします。
副務になってからは、サッカーの戦術よりも、敬語や画像編集に詳しくなりました。「お世話になっております」という言葉は、ここ数か月で家族の名前よりも多く入力している気がします。
また、マネージャーとして、ボトルの水の補充をはじめとした現場のサポートも行っています。実際にマネージャーの仕事を経験する中で、先輩マネージャーの偉大さを感じています。
特に驚いたのは、ボトルの傾き具合を見るだけで、水の減り具合を把握していることです。私には、ただボトルが傾いているようにしか見えません。しかし、先輩マネージャーには、「そろそろ補充が必要なボトル」「まだ耐えているボトル」「もう限界を迎えているボトル」が見えているのだと思います。
まさに、職人技です。
そのほかにも、今年度からはInstagramのストーリー投稿の編集やTikTok班の立ち上げ、Giving Campaign班の活動などに関わっています。皆と一緒に、高知大学体育会サッカー部を変えていく。その初動をつくっている最中です。このように、現在はサッカー部の中で、さまざまな活動に携わっています。
しかし、最初から迷いなく選手を辞めたわけではありません。選手を辞めた理由は、大きく3つあります。
1つ目は、サッカー部以外の活動にも幅広く取り組む中で、時間の使い方を変えたいと考えたことです。
2つ目は、選手として明確な目標を持てなくなってしまったことです。ただサッカーを続けるのではなく、自分が何を目指しているのかを考えたときに、選手としての答えを見つけられなくなっていました。
一方で、心残りもありました。それは、「園岡監督を全国へ」という目標を、自分が選手として達成できていなかったことです。この目標を残したまま選手を辞めることに、迷いがなかったわけではありません。
それでも、自分がこの部で最も力を発揮できる場所はどこなのかを考えた結果、ピッチの外からチームを支える道を選びました。これが、3つ目の理由です。
選手時代は、自分が試合に出ることや、上手くなることを中心に考えていました。現在は、約90人の部員がより良い環境で活動するために、自分に何ができるのかを考えています。
主役になることよりも、主役が輝ける環境をつくること。
これは、選手を辞めて最も大きく変わった考え方です。
裏方の仕事は、うまくいっているときほど目立ちません。公式戦が予定どおり始まり、会場設営に問題がなく、必要な情報をメールで送信できれば、何事もなく一日が終わります。誰にも気づかれません。
一方で、何か一つでも間違えると、一気に注目を集めます。
非常にハイリスク・ローリターンなポジションです。
ピッチの外に出たことで、選手時代には見えていなかったものも見えるようになりました。試合に出る選手だけでなく、ベンチから声を出す選手、メンバー外でも練習を支える選手、監督・コーチ、マネージャー。さまざまな立場の人が、それぞれの役割を果たすことで、チームは成り立っています。
サッカー部において、価値のある人は、試合に出ている人だけではありません。一人ひとりが自分の立場でチームに必要な役割を果たすことが、強い組織につながるのだと思います。
少し真面目なことを書きすぎました。
そろそろ、「ノンデリ」で一世を風靡した人間のブログであることを忘れられそうなので、話を戻します。
昨年の自分と現在の自分では、名前以外、ほとんど変わりました。FWでも、DFでもなくなりました。
しかし、現在の守備範囲は、グラウンドから大学、他大学、連盟、企業、SNSまで広がっています。
おそらく、選手時代よりも守備範囲は広がりました。運動量は減りましたが、連絡量は増えました。シュート数は減りましたが、Canvaでの編集枚数は増えました。試合出場時間は減りましたが、パソコンに向かっている時間は大幅に増えました。
そして、体重も増えつつあります。ここだけは、早急な改善が必要です。
これからも副務兼マネージャーとして、選手がサッカーに集中できる環境をつくるだけでなく、高知大学体育会サッカー部の魅力を高め、その魅力を多くの人に伝えていきたいと思います。
「日本一魅力的な学生団体は、高知大学体育会サッカー部だ」と言われる日を目指して、活動していきます。
今後とも、FWでもDFでもなく、副務とMGになった行村莉空をよろしくお願いいたします。いつも、ほんとうにありがとうございます。
「ノンデリ」の異名については、今年中の返上を目指しています。
なお、現在の進捗は0%です。
[副務&MG 行村莉空 (2回生)]

↑かわいい弟に身長抜かれてもうた。
さて、皆さんは昨年12月に投稿された私のブログをご覧になりましたか。
おそらく、ほとんどの方が見ていないと思います。私も正直なところ、内容をあまり覚えていません。
ただ、最後の部分に確かに、
[FW & DF 行村莉空(1回生)]
と書かれていました。
FWとDF。攻撃も守備もこなす、非常にユーティリティー性の高い選手だったことがうかがえます。正確には、どちらのポジションでも活躍していたというより、どちらかのポジションで人数が足りないときに出場できる可能性を残していた、という表現が正しいのかもしれません。
しかし、現在はというと、
[副務 & MG 行村莉空(2回生)]
となりました。
名前以外、変わりました。
ポジションも、役割も、服装も変わりました。昨年まで履いていたスパイクたちは、部室ロッカーの奥で静かに余生を過ごしていることでしょう。
私は幼稚園の年長からサッカーを始め、大学でも選手として入部しました。
長年、選手としてサッカーを続けてきたため、まさか大学2年生でマネージャーになるなんて、夢にも思いませんでした。
ボールを必死に追いかけていた中学生の頃の私に、「将来は、高知大学体育会サッカー部で副務をしていて、パソコンをカチカチしているよ」と伝えても、何を言っているのか一切理解してもらえないと思います。
まず、なんで高知におるんや。そもそも「副務」って何やねん。
おそらく、こんな反応でしょう。
現在は副務として、SUL等のグラウンド設営、選手エントリー、各方面への連絡など、チームの活動を支える仕事を担っています。一見すると、非常にしっかり仕事をしているように見えます。
実際には、公式記録の不備を世羅君に指摘してもらい、それを直す。そして、また別の不備を指摘してもらい、再び直す。そんなことを繰り返しています。世羅君がいなくなったら、私の副務人生も終わる可能性があります。いつも本当にありがとうございます。もう一年、契約延長でお願いします。
副務になってからは、サッカーの戦術よりも、敬語や画像編集に詳しくなりました。「お世話になっております」という言葉は、ここ数か月で家族の名前よりも多く入力している気がします。
また、マネージャーとして、ボトルの水の補充をはじめとした現場のサポートも行っています。実際にマネージャーの仕事を経験する中で、先輩マネージャーの偉大さを感じています。
特に驚いたのは、ボトルの傾き具合を見るだけで、水の減り具合を把握していることです。私には、ただボトルが傾いているようにしか見えません。しかし、先輩マネージャーには、「そろそろ補充が必要なボトル」「まだ耐えているボトル」「もう限界を迎えているボトル」が見えているのだと思います。
まさに、職人技です。
そのほかにも、今年度からはInstagramのストーリー投稿の編集やTikTok班の立ち上げ、Giving Campaign班の活動などに関わっています。皆と一緒に、高知大学体育会サッカー部を変えていく。その初動をつくっている最中です。このように、現在はサッカー部の中で、さまざまな活動に携わっています。
しかし、最初から迷いなく選手を辞めたわけではありません。選手を辞めた理由は、大きく3つあります。
1つ目は、サッカー部以外の活動にも幅広く取り組む中で、時間の使い方を変えたいと考えたことです。
2つ目は、選手として明確な目標を持てなくなってしまったことです。ただサッカーを続けるのではなく、自分が何を目指しているのかを考えたときに、選手としての答えを見つけられなくなっていました。
一方で、心残りもありました。それは、「園岡監督を全国へ」という目標を、自分が選手として達成できていなかったことです。この目標を残したまま選手を辞めることに、迷いがなかったわけではありません。
それでも、自分がこの部で最も力を発揮できる場所はどこなのかを考えた結果、ピッチの外からチームを支える道を選びました。これが、3つ目の理由です。
選手時代は、自分が試合に出ることや、上手くなることを中心に考えていました。現在は、約90人の部員がより良い環境で活動するために、自分に何ができるのかを考えています。
主役になることよりも、主役が輝ける環境をつくること。
これは、選手を辞めて最も大きく変わった考え方です。
裏方の仕事は、うまくいっているときほど目立ちません。公式戦が予定どおり始まり、会場設営に問題がなく、必要な情報をメールで送信できれば、何事もなく一日が終わります。誰にも気づかれません。
一方で、何か一つでも間違えると、一気に注目を集めます。
非常にハイリスク・ローリターンなポジションです。
ピッチの外に出たことで、選手時代には見えていなかったものも見えるようになりました。試合に出る選手だけでなく、ベンチから声を出す選手、メンバー外でも練習を支える選手、監督・コーチ、マネージャー。さまざまな立場の人が、それぞれの役割を果たすことで、チームは成り立っています。
サッカー部において、価値のある人は、試合に出ている人だけではありません。一人ひとりが自分の立場でチームに必要な役割を果たすことが、強い組織につながるのだと思います。
少し真面目なことを書きすぎました。
そろそろ、「ノンデリ」で一世を風靡した人間のブログであることを忘れられそうなので、話を戻します。
昨年の自分と現在の自分では、名前以外、ほとんど変わりました。FWでも、DFでもなくなりました。
しかし、現在の守備範囲は、グラウンドから大学、他大学、連盟、企業、SNSまで広がっています。
おそらく、選手時代よりも守備範囲は広がりました。運動量は減りましたが、連絡量は増えました。シュート数は減りましたが、Canvaでの編集枚数は増えました。試合出場時間は減りましたが、パソコンに向かっている時間は大幅に増えました。
そして、体重も増えつつあります。ここだけは、早急な改善が必要です。
これからも副務兼マネージャーとして、選手がサッカーに集中できる環境をつくるだけでなく、高知大学体育会サッカー部の魅力を高め、その魅力を多くの人に伝えていきたいと思います。
「日本一魅力的な学生団体は、高知大学体育会サッカー部だ」と言われる日を目指して、活動していきます。
今後とも、FWでもDFでもなく、副務とMGになった行村莉空をよろしくお願いいたします。いつも、ほんとうにありがとうございます。
「ノンデリ」の異名については、今年中の返上を目指しています。
なお、現在の進捗は0%です。
[副務&MG 行村莉空 (2回生)]

↑かわいい弟に身長抜かれてもうた。