もう少しで大人の仲間入りをします。槻木です。中学校での立志式では、自分の立てた目標や志がどんなに困難であっても決して逃げたりせず、立ち向かい、いつか必ず成し遂げ、己の道を突き進むという意味を込めて「達」という漢字をつけたのを思い出し、今も昔も変わらない思いを持っていると感じています。
皆さんはどんな志を立てたでしょうか。立志式とは昔「元服の儀」と呼ばれ、今でいう成人式のようなものであり、そこで将来の夢や目標を決め、周囲に感謝の意を伝えるという意味合いがあったそうです。やはり「感謝」の意を伝えることはとても大事です
私もこれまでたくさんの人と出会い、感謝したい人はたくさんいます。
私は中学生からサッカーを始めました。もう少し早く始めていたらと自分を責めたことが何度もありますが、その度に自分で選んだ道と言い聞かせ、後悔しないような結果にしなければと打ち込んできました。中学では何故か長距離の才能が開花し、校内で一番速くなり、いつのまにか駅伝チームに招集され、ほぼ毎日駅伝のトレーニングで走ってから部活動のサッカーをするという、2部練のような日々を過ごしていました。
駅伝の練習は、ほぼ陸上の練習とは変わらないもので、坂に行き、ひたすら走り込みをするといった今ではおそらくできないメニューをこなしていました。ただ振り返ってみると、そんなきついことを乗り越えられたのは、駅伝チームの先生(監督)のおかげだと思います。先生は鬼のように厳しい人でしたが、それは愛のある厳しさでした。‘走り’は己との勝負です。自分にどれだけ勝てるかなのです。それを教えてくれたのが先生でした。先生はよく「最後の最後まで振り絞れ、それがお前の本気か」と走ってる途中に怒鳴ります。陸上の世界ではよくみるかもしれません。ただその先生はそれだけではなく、「自分の前には常に一歩速い自分がいることを想像してそいつに追いつけ」と言っていました。そのに私は何度も勇気づけられ、駅伝大会では母校初の県大会5位の結果を残せました。
サッカーの場でも常に一歩先をいく自分、なりたい自分、うまい自分を想像して、そいつに追いつこうとする。どんな時でも自分に負けないようにする。私は先生からの教えを忘れることはありません。
私はあの時の先生に感謝を伝えたい。
「ありがとうございます」
ただ直接伝えるのは恥ずかしい。また、失ったり、距離が離れたりしてから気づく、よくあることだと思います。高知から地元石巻に帰った時に高校の友達と会うと有り難みを感じます。震災にあった後には日常のありがたみを感じ、家族が当たり前にいた日々へのありがたみも感じます。当たり前だったものが失われてから気づくものがあります。今ある日常のありがたさは社会人になった後に感じるのかもしれません。サッカー部のみんないつもありがとうございます。
どんな時どんな場所でも「ありがとう」そんな言葉をちゃんと言えるような大人になりたいと思います。これもまたひとつの志として立てたいと思います。
[DF 槻木奨平(2回生)]
