「サッカー選手になりたい。」

小学校6年生 3月
地元のケーブルテレビは、卒業生が各々の夢を語るこの番組で持ちっきりだった。夢は大きくないといけない。子供ながらにそう感じていた私は、この日、今まで言葉にしたことのない心の中の理想を言葉にした。でもあの時の私は描いた夢の姿にはなれないことを心の奥底で感じていたのだと思う。世間知らずではいられなかった。

「ごくごく平凡なサッカー人生だった。」

小学校2年生12月
友人に勧められてサッカーを始めた。母親が言うには初めて自分から続けたいと言ったものらしい。水泳、ピアノ、書道、どれも長くは続かなかった。

小学校6年生 
決断を迫られた。進学する予定の中学校にサッカー部がなく、クラブチームに入るか辞めるか。小学生には残酷すぎるまでの決断には時間を要するはずだった。だが、すんなりと続ける選択をした。サッカーを失うのが怖かった。サッカーがなければ自分が自分でなくなる気がした。

以下、順風満帆すぎて省略、現在に至る。

自分の選択を決定する要因の大部分は恐怖である気がする。いつだって、失うことの恐怖、やらない自分への恐怖、見放されることへの恐怖、恐怖が存在するのだ。でもそれは人間として当然のことであると思うし、だからといって恐怖に満ち満ちた大学生活を送っているわけでもない。今までの決断には自信を持っているし、これから悪いことがあってもその後の決断によって、自分を悪い方向へ導いた決断でさえ良かったと思えるように生きていきたい。

大学での4年間は省略しきれないほど濃くて、幸せな時間だった。振り返ってみると、

大学1年生
公式戦初スタメンで大遅刻。ベンチメンバーで唯一の不出場。

大学2年生
カテゴリー代表としてもがく。大好きな先輩の姿に、大学生でサッカーすることの意味や難しさを突き付けられる。

大学3年生
自身の選手としての能力やモチベーションに限界を感じ、それでも支えてくれる先輩や同期のありがたさを感じる。

大学4年生
最後の力を振り絞り周りの人のため、かんじさんや両親に後悔ない姿を見せるため奮闘した結果、4年間で最も公式戦に出場したシーズンを過ごす。

振り返ってみると照れくさい気持ちだが、素直にこんなことを感じてプレーできていたのだと思うと、周りで支えてくれたたくさんの人、サッカーを通じて出会えたたくさんの人に感謝を伝えたい。だらしない俺を見捨てず、叱り続けてきてくれたとうま、もったいないくらいの尊敬のまなざしで見つめてくれたしょうや、なんやかんやいつ飯に誘っても来てくれてブログにも嬉しいことを書いてくれるこうた、いつまでも敬語が抜けないけど最高なかんた、2人組をずっと組んでくれたとうや、そして生意気だけどバイト先まで一緒で最高にかわいいこたとそら。本当にありがとう。

もちろん、ここに書ききれていないサッカー部のみんな一人一人にそれぞれの最高な思い出があります。

ごくごく平凡なサッカー人生でした?そんなわけがない。最高のサッカー人生でした!!!

最後にはなりますが、かんじさん、たくさん迷惑を掛けました。いつだって味方でいてくれてありがとうございました。布部さん、あなたなしではサッカー部の活動はありませんし、いろいろと感謝しかないです。もう1年、遊んでください。

そして両親へ。
たくさんの時間とお金そして多くのものを犠牲にしたサッカー人生だったかもしれません。ですが、最終節まで毎節、ビーチやフットサルの全国大会まで来てくれたあなたたちは私の誇りです。そして、わたしはあなたたちの誇れる存在でずっとあり続けます。約束します。今までありがとう、これからもよろしくお願いします。


すっかり個人的なブログになってしまいましたが、後輩たちにはものすごく期待しています。皆さま、ご家族と良い休日をお過ごしください。

メリークリスマス

[MF 亀井絢士郎 (4回生)]

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↑りんちゃん素敵な写真ありがとう宝物にします