尾上くんのゴリ押しにより、引退後「SLAM DUNK」を読み始めました。表現が難しいですが、私の12年間のサッカー人生に対して問いかける素晴らしい作品です。もっと早く読みたかったです。しかし、4年生のこの時期にSLAM DUNKを読んだことで、好きなこと=サッカーに対して「12年間でどれほど向き合うことができたのか」「もっと夢中になることができたのではないか」「大学サッカーを終えて何を思うのか」など色々と考え、振り返るきっかけをくれました。そして、このブログを書くに至っています。尾上くん、私に「SLAM DUNK」を教えてくれてありがとう。いつかインターハイに出た際には、山王工業に勝利してみせます。勝利後のインタビューでは、恩師の名前に必ず「尾上将大」を挙げます。見ていてください。

という話は一旦置いておいて、ここからがスタートです。4年の冬に差し掛かり、高知大学をはじめ、色々な大学の引退ブログが毎日SNSに転がっています。そして、それを見ては感傷に浸り、心の中で「お疲れ様」と言っています。高校生の時に、大学サッカーをしたいと思ったきっかけも部員ブログでした。特に、各大学のTOPチームではない選手の言葉に影響を受けました。大学サッカーを引退したら就職となる彼らは、様々な葛藤の中で自分自身に折り合いをつけながらも真摯にサッカーと向き合っている姿が印象的で、それをしっかりと言語化していました。大学生の時期は「人生の夏休み」と例えられるように、遊んだり、勉強したりしながら将来のことを考える期間であると漠然と考えていました。しかし、このようなブログの数々は私の考えを打ち砕くものでした。自分自身を客観的に見て、もうすぐ終えることとなる「サッカー人生」を言語化する大学生の覚悟や決意が私の目に輝いて映ったことを昨日のことのように思い出します。高校生の時はサッカー人生が永遠に続くくらいに思っていたので、「自分がこのような立場になったら果たして何を思うのか」「彼らみたいな文章が書ける成長を得ることができるのか」などを考えながら進路というものと向き合うようになりました。あれから時間が過ぎ、大学4年の冬を迎えています。書く立場となりました。そして、栃木県で見知った同期の選手たちの引退ブログを読んでいます。活躍している選手は少ないので、感慨深い感情とともに、大学サッカーの厳しさを改めて痛感しています。人生の変化に適応した上で、「サッカー」というものに真摯に向き合い続けた彼らの後悔・達成感・感謝、色々な想いを言葉にして、皆、大学でサッカー人生の最後を迎えていました。

では自分自身はどうだったのか。あれだけ続けてきたサッカー人生があっさりと終わり、4年間という膨大な時間の中でやりきったと同時に、数えきれない「思い」が溢れます。目標は一筋縄ではいかないこと、常日頃から意識していても届かないものがあること、果たしてそれを自覚しながら常に努力できたのかという疑問、度々怪我をする弱々しい体、そして、天皇杯予選決勝の終了を機に、就職活動のためにチームを離れるという決断。中には、「こんな奴が副キャプテンで良いのか」と思っていた人もいると思います。私自身もそれを強く感じていました。それを感じていたからこそ、周りの視線や雰囲気が非常に苦しかったです。この1年は特に苦しい日々の渦に飛び込んでいました。ただ、その中でも限られた時間でできることを精一杯やろうとチームを盛り上げ、がむしゃらに走ってきました。引退した日の夜、とても長い時間を賢士と話しました。そこで「太陽が適任だった」と言ってくれて、非常に救われました。それだけがこの1年にとっての救いでした。

個人のプレー面に目を向けると、大学サッカーでは全く通用しなかったというのが感想です。何事も「好き」という気持ちだけではいつまでもダメで、単純に「上手くない・結果を残せない選手」はいらないし、4年間を通して自分はいらない側の人間であると痛感しました。私の好きなサッカー選手が契約更新の際に「『続けられた』から『活躍できた』に移行しなければならない」とおっしゃっていました。まさにその通りで、これが実行できないと簡単に土俵から弾き出されることを知りました。当たり前のことと思うかもしれませんが、ずっと暗黙の年功序列のような世界でプレーしてきたので、初めてでした。そんな現実と向き合ううちに、どこか限界を感じていました。もう上手くはなれない。そんなことを思うようになりました。それでも、諦めずに練習に行ってボールを蹴り続けることが出来ました。それは、高知県で最高の仲間に出会うことができたからです。自分自身としては全く結果が出なかったけど、この「高知県」という場所で先輩、同期、後輩に出会うことができて、サッカーをしたことこそが人生において最高の収穫だったのではないかと感じています。そして、成長をすごく感じています。サッカー部に入って本当に良かったです。ありがとう。

そんなこんなで小学生から大学までサッカーをやってきました。よく続けたと思います。イナズマイレブンに憧れて祖父母の家の物置にあった空気が全く入っていないボールを小学校まで蹴りに行ったことから始まり、サッカー生活がスタートしました。正直こんなに続くと思っていませんでしたが、仲間にも恵まれて非常に幸せなサッカー人生でした。こうして振り返ってみると、こんなにサッカーにのめり込んだのも、サッカーが大好きになったのも、友人と両親のおかげです。どの年代でも、友人に刺激され、両親に勇気づけられ、サッカーをしてきました。私にサッカーを続ける理由を与え続けてくれました。友人を超えるために、どんどんサッカーにのめり込んでいき、どんどんサッカーが大好きになりました。また、両親に良い姿を見せたくて、自慢の息子になりたい一心で、練習をして、いつの間にかサッカーが大好きになりました。皆、今まで支えてくれてありがとう。サッカーに出会わせてくれてありがとう。本当に感謝しています。

来年から私の人生は確実に第2章を迎えます。次のステージでも高知大学体育会サッカー部で得た学びと周囲の人たちと共に熱く戦いたいです。そして、サッカーが好きな私はこれからも変わらないです。色々なことを教えてくれたサッカーが大好きです。そんなことを思いながら年を越したいと思います。

[MF 野本太陽 (副将 4回生)]

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↑助村が好きだと叫びたい